乙和池には、こんな伝説が伝わっています。

むかし、「おとわ」という名の娘がいました。気立てがよく、美しい娘で、村の誰からも好かれていました。

ある夏の日、おとわは村の娘たちと山に山菜取りに出かけます。夢中で摘んでいるうちに仲間とはぐれ、気づけばあたり一面が深い霧に包まれていました。心細く歩き回るうちに、かすかに小さな水たまりを見つけます。おとわがそこで裾の汚れを洗った瞬間、大地が裂け、轟音とともに池が生まれたのです。

池の底から響いてきたのは、太い男の声でした。

「おとわ、わしはおまえのような美しい娘を待っていた。三日後、嫁に迎えに行くぞ──」

おとわは震えながら寺に戻り、和尚にすべてを打ち明けます。和尚は「人にはそれぞれ運命というもんがある。運命に遊らっても無駄じゃ。心を静かにして、運命に従うのじゃ」と告げ、一心に経を唱えました。

三日目の夜。雷鳴とともに池の主が大蛇の姿で現れます。和尚は驚くのをこらえ、ぴしゃりと叱りつけました。「嫁を迎えるのにその姿ではならぬ。人の姿で出直せ!」大蛇は静かに去り、再び三日後に迎えに来ると告げました。そのとき嫁を差し出さなければ、村を大嵐で滅ぼすと言って。

おとわは苦しみながらも決心しました。自分が嫁ぐことで村を救おう、と。村人たちは涙ながらに別れを惜しみ、三日後の夜を迎えます。

やがて馬の蹄の音が近づき、若い侍の姿をした大蛇が寺の前に現れました。おとわは形見を和尚に託し、村人に「これからも皆さんの幸せをお守りします」と言葉を残すと、侍に抱き上げられ、暗闇へと消えていきました。

その後、山は七日間、深い霧に覆われました。八日目、空が晴れ渡ると、そこには新しい池ができており、真ん中にはひとつの浮島が浮かんでいました。村人たちは囁き合いました。

「あれはおとわが嫁入りしたしるしだ。おとわは村を救い、守り神になったのだ」と。

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