佐渡の山奥にひっそりとたたずむ山居の池。かつてこの山には、修験者と呼ばれる人々がこもり、走り、祈り、厳しい修行を重ねていました。佐渡金山を最初に見つけたのも修験者であったといわれ、この山にこもった人たちが関わっていたのかもしれません。

この池には、こんな物語が残されています。

むかし、京都から来た弾誓上人という僧侶が、池の近くに光明仏寺を建て、修行をしていました。その頃、近くの村に「おせん」という美しい娘が暮らしていました。

ある年の田植えの日。おせんが池のそばで働いていると、空が急に暗くなり、生ぬるい風が吹き荒れました。恐怖にふるえたおせんが池を見やると、水面には目を光らせる大きな竜が──。おせんは気を失ってしまいます。

この池には雄の竜が棲んでいました。実は、竜は光明仏寺へ参詣に訪れるおせんを見て一目惚れしていたのです。そして、ついには若い男の姿になって、おせんの家に通うようになりました。二人は深い仲となり、ある晩、おせんが池のほとりで男を待っていると、彼はついに真実を打ち明けました。

「私はこの池の主の竜です。どうか妻となってほしい」

おせんは驚きましたが、もはや彼と離れることはできず、運命を受け入れ、池の中へと姿を消しました。

やがておせんは竜とのあいだに子どもを授かります。しかし、竜は次第に子への愛情よりも嫉妬に心を曇らせ、ついにはわが子の命を奪ってしまったのです。おせんは深く絶望しました。もはや竜のもとにとどまることはできない──そう思い、成仏を願うようになったのです。

やがて弾誓上人が読経をしていると、背後で誰かが泣いていました。振り返ると、それは竜の姿をしたおせん。彼女は「私は山居の池の主に見込まれ、竜の姿となりました。どうか成仏させてください」と訴えました。弾誓上人がお経を唱えると、おせんは静かに昇天していきました。

──いまも山居の池の水面を見つめていると、おせんと竜の悲しい物語が、静かに響いてくるようです。

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