一夜が明け、
目の前の風景に、どんな変化があるでしょう。

薄く霧がまとわり、
山肌を伝うように雲が這い寄ってくる朝もあれば、
雲海が現れ、天空に浮かぶ島のように見える日もあります。

仙石原は、もともと芦ノ湖の一部でした。
その名残が、この湿り気と濃霧を生むのです。

江戸の頃、この地を切り拓いた農家は、
「千石の米が採れる広い草原」を夢見て、
ここを“仙石原”と名づけたといいます。

箱根フォンテーヌ・ブロー仙石亭の朝は、
その瞬間、その窓からしか見えない、
“ただ一度だけの構図”でできています。

その絵の中に、いま、あなたがいます。

風景は、いつでも動いています。
けれど、それを「動いている」と感じられるのは、
昨夜この場所で過ごした時間が、まだあなたの中に息づいている証拠です。

湯にほどけ、食と語らいで満たされたあの夜の余韻が、
今朝の感性をやさしく目覚めさせているのです。

さて、このあと味わっていただく朝食には、
少し不思議な一品があります。

それが、温泉卵を使ったエッグベネディクト。
添えられるのは、硫黄の香りがする塩。
ほんのわずか、指先でつまんでのせるだけで、
大涌谷の香りがふわりと立ちのぼります。

なぜ温泉卵は“温泉”でつくるのか。
それは、火と水のバランスが絶妙だから。
沸騰させず、熱しすぎず、
ただ地熱で、じんわりとゆでられる。

夕食が“火”の時間だったとすれば、

朝食は“水”の時間。

塩気と黄身が溶け合い、
あたたかさと香りがひろがったとき、
きっとあなたの身体の奥から、
「朝だ」という声が聞こえてくるでしょう。

そして、チェックアウトの前に、
最後にもう一度、湯に浸かってみてください。

昨夜の湯と、今朝の湯とでは、
同じ湯でありながら、まるで別物のように感じられるかもしれません。

夜の湯は、“ほどく湯”。
朝の湯は、“整える湯”。

湯けむりのなかで、
あなたの肌も、こころも、
旅立ちに向けて、そっと、輪郭を取り戻していくことでしょう。

箱根は、古くから“転地療養”の地と呼ばれてきました。
たった100km東京を離れただけで、
空気も、湿度も、温度も、まるで別世界のように変わってしまう。

その「違い」こそが、
わたしたちを、ふたたび“本来の自分”に立ち返らせてくれるのです。

旅とは、不思議なものです。
何かを“得る”ために出かけて、
気づけば、何かを“置いていく”ことで、元気になっている。

あなたの旅は、
まだまだこれからも、続いていきます。

今日、あなたが出会う風景が、
この朝の絵画のつづきでありますように。

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