火が眠り、風と水が彫刻を続けました。
切り立つ岩肌は、約1300万年前の火山活動が生み出し、その後の風雨が刻み続けた地球の歴史そのものです。奇岩や断崖が連なり、「日本三大渓谷美」と称される絶景の地。とりわけ秋には紅葉が谷一面を燃やすように染め上げます。

この圧倒的な自然の姿は、やがて人々の祈りの舞台ともなりました。かつて応神天皇が切り立つ岩を登り、国の平和と繁栄を祈ったと伝わります。その祈りの山は『カミカケ』と呼ばれ、やがて『寒霞渓』へと響きを変えました。応神天皇はのちに「八幡さま」として祀られ、日本各地で広く信仰される神となります。小豆島に八幡神社が多いのも、この伝説の記憶が息づいているからでしょう。

そして、神話の祈りは風景の中で生き続けています。展望台に立てば、谷の向こうに瀬戸内の海が一気に開けます。吹き抜ける風に身を委ねてみてください。この山にぶつかり吹き下ろす風は、眼下の町へと流れ、素麺の天日干しを助け、醤油の発酵を育んできました。寒霞渓の風は、自然が島の食を支える“見えない手”でもあったのです。

やがて明治になると、この渓谷は観光地として知られるようになります。ロープウェイがまだなかった時代、人々は登山道を歩き、岩のひとつひとつに「鹿岩」「蟾蜍岩」「松茸岩」と名を与えました。自然の造形を物語に変えながら楽しんだのです。岩はただの風景ではなく、人々の想像を映す鏡となり、今も静かに語りかけています。

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