第8号埋立地。かつてはそう呼ばれ、正式な住所もなかったこの場所は、1968年、潮の香りがただよう町「潮見」と名付けられました。しばらくすると、造船業を営む人がやってきます。彼らはおもに「屋形船」を造ったり修理したりしていました。
屋形船とは江戸時代に栄えた遊びで、華やかに飾りつけられた船に乗り、花見や月見、花火を楽しむもの。当時の隅田川では長さ47mにもなる屋形船がつくられ、大きさだけではなく金銅の金具をつけてきらびやかに装飾し、その華やかさを競ったそうです。その舞台裏では、船大工が腕をふるっていたわけですが、彼らはどんな仕事をしていたのでしょう。
この作品に使われているのは船にまつわる道具たち。本物の道具を熱して叩いて標本のように展示することでアートにしています。まるでクジラのように大きなノコギリを使って、どんな船を生み出してきたのでしょう。