わずか1時間前まで、あなたは東京の雑踏の中にいたかもしれません。けれど今、深呼吸をしてみれば、どこか別の世界に来たような気がしませんか?

観光地として知られる高尾山ですが、古くから修験道の霊場でもありました。山伏と呼ばれる修行者たちが、この山に籠り、厳しい修行を重ねてきたのです。修行には、身を清める滝が欠かせません。そのひとつが「清滝」。今も清滝駅の広場のそばに、かつての面影がひっそりと残されています。

高尾山は、山全体が「薬王院」というお寺の敷地でもありました。戦国時代、八王子城の城主は、この山を信仰の場とし、薬王院の神様仏様を厚く敬いました。そして「草一本でも刈った者は、首をはねよ」とおふれを出したのです。このような厳しくも高尾山を尊ぶ考え方は後世に引き継がれ、草も木も守られてきました。その後、明治には皇室が所有する森となり、やがて国定公園に。東京都内にありながら、これほどの自然が残されたのは、そんな歴史があるからなのです。

さあ、登山を始めましょう。
ケーブルカーを使えば、標高201mから472mまで、一気に登ることができます。日本一の急勾配、31度18分。体がつんのめるほどの傾きに、思わず声が漏れてしまうかもしれません。この急勾配は、不思議な巡り合わせから生まれました。もとは別のルートで工事が進められていましたが、関東大震災で崩落。急遽ルートを変更して完成したのがいまのケーブルカーです。もしあの地震がなければ、日本一の急勾配は生まれていなかったかもしれません。

ケーブルカーに乗ったら、ぜひ窓の外に目を向けてみてください。高尾山は四季折々、日ごとに違う表情を見せます。雨の日の森もまた、しっとりと息づいています。だからこそ、ケーブルカーの案内は今も車掌さんの肉声。天気や季節、その日の風景に合わせて、言葉を選びながら。

一日として同じ景色はなく、同じ道のりもない。このケーブルカーもまた、高尾山という大きな自然の一部なのかもしれません。

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