神様は、どこにいるのでしょうか。
目には見えず、声も届かない。けれど人は、いつの時代も、その存在を感じようとしてきました。
たとえば、一本の木。根を張り、枝を広げ、何百年も、そこに立ち続けてきた存在。
その姿に、力強い生命と、自然の神秘を見たのです。
新上五島町、奈良尾の港町。その一角に、まるでこの地の守り神のようにそびえ立つ大樹があります。
奈良尾神社の御神木──アコウ樹です。その姿は、まさに「天然の鳥居」。
大きく二股に分かれた根は、両足で地面を踏みしめるように立ち、その間をくぐるように神社の参道が続いています。
高さおよそ25m。幹回りは13.9m。樹齢は670年を超えるとされ、アコウの木としては日本一の大きさを誇ります。
太い幹から無数の根を垂らし、大地に支えを求めるその姿は、まるで土地そのものと語り合っているかのようです。
日本では古くから神社だけでなく、森や木、大地そのものに、人々は祈りを捧げてきました。
神とは、特定の姿を持つものではなく、生命の気配そのもの。
木が信仰の対象になるのは、人間もまた自然の一部だった。そんな記憶が私たちの中に残っているからかもしれません。
そして、このアコウの木には、ある昔話が語り継がれています。
ここからは「三郎と乙姫」の物語をご紹介しましょう。
むかしむかし、人々がようやく島々に住みつきはじめた頃。
奈良尾の浜に、三郎という名の若者がいました。
力持ちで働き者。山に入っては木を伐り、海に出ては魚を獲る、たくましい男でした。
ある日、三郎は漁の途中で、小さなイワシの子どもを釣り上げました。
しかし三郎は「もっと大きくなって帰ってこいよ」そう言って、海へと返しました。
それから月日が流れたある晩のこと。三郎の家に、名も素性もわからぬ、美しい女性が現れました。
けれども三郎は、そんなことを気にかけるふうでもなく、女を迎え入れました。
その日から、女は毎日のように三郎を訪ねるようになり、やがてふたりは心を通わせ、共に暮らすようになったのです。
ただひとつ、女には奇妙な約束がありました。
「満月の夜だけは、ここには来られません。その日は海に出ないでください──お願いです」
三郎はその言葉を守り、やがてふたりの間には男の子が生まれます。
名は、海松。一家は穏やかで、幸せな日々を過ごしていました。
しかし、ある満月の夜のこと。突然、竜が天をのぼるような竜巻が沖に巻き起こり、みるみる浜に迫ってきました。
「乙姫ー、乙姫ー!」海の底が割れるような謎の声が響き、浜は竜巻に呑み込まれました。
沖に出ていた三郎も、浜にいた女房と海松も、家も、何もかもが消え去ってしまったのです。
しばらくして、三郎は浜に打ち上げられていました。あの竜巻は「乙姫ー」と叫びながら、沖へ遠ざかり、やがて消えていきました。
周囲を見渡すと、家も人もいません。女房も、海松も──。
三郎は浜じゅうを探しながら叫びました。
「女房よー、海松よー!」
すると、どこからともなく声が響きます。
「三郎さん、ごめんなさい。私は海神──乙姫でした。今日は満月。もう戻らなければなりません。けれど、これからも海の底から、海松と一緒に、あなたをずっと見守っています」
そう言い残し、乙姫と海松は波の向こうへと消えていきました。
三郎は立ち尽くし、そしてただひたすらに、彼女と子の名を呼び続けました。
「女房よー、海松よー…」
それからの日々、彼は浜を離れず、海に向かって立ち続けたといいます。
暑い日も、寒い日も、風の日も。やがてその身体は、根となり、枝となり、一本の大樹へと姿を変えていきました。
これが──奈良尾神社のアコウの木です。
今もこのアコウ樹は、乙姫が帰っていった沖を見つめ続けています。
風が強い日には、「女房よー、海松よー」と呼ぶように枝を震わせ、その声は、波間を渡っていくようです。
沖には、いまも「乙名瀬(おとなぜ)」という岩礁があり、そこには灯台が建てられています。
浜には「乙姫神社」が残され、乙姫を祀り、いまも人々の信仰を集めています。
願いを抱く者は、このアコウの下をくぐり、その思いを神に届けようとします。
長寿、健康、家内安全、恋の成就──人々の願いを、この木は今もすべて受け止めています。
木は、なぜ信仰の対象になるのでしょうか。
奈良尾神社の境内で、アコウの根のあいだから空を見上げてください。
きっとその姿が、過去と現在、そして未来をつなぐ──一本の祈りの柱のように見えてくるかもしれません。