神様に祈るのは、特別な人だけではありません。
海を渡る僧でも、異国の教えを信じる者でもなく、この島で日々の糧を得るために、海へと出た人々。
その祈りもまた、深く、美しいものでした。

有川港に近い一角に、ひときわ異彩を放つ鳥居があります。
高さ4メートルを超えるその鳥居は、ナガスクジラの顎の骨。
東シナ海で捕獲された体長18.2mのクジラの顎骨でつくられました。
もともとは、一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居と、3対の顎骨と、扇の形をした「ひれ」の鳥居があったといいます。

というのも、有川は、かつて捕鯨で栄えた港町でした。
そばには「鯨見山」と呼ばれる場所もあり、そこから鯨の回遊を見張っていました。
海へ出て、鯨を仕留め、身を解体し、油を搾り、骨の一本まで使い尽くす。
命をいただくそのすべての工程に、祈りが込められていました。

鯨は、ただの獲物ではなく、ともに生きた「いのち」であり、感謝の対象でもありました。

遣唐使、倭寇、潜伏キリシタン。これまで語ってきたのは、特別な旅人たちの祈りでした。
けれど、この鯨の骨が語るのは、この島に暮らす、ごく普通の生活者たちの祈りのかたち。

日々の糧を得ること。明日を生きること。家族が無事に帰ってくること。
その切実な願いが、実は島中の無数の場所に、そっと刻まれているのです。

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