加茂湖には、こんな伝説が伝わっています。

むかし加茂村に武右衛門という長者がおりました。欲深いことで知られ、「この湖を埋め立てて佐渡一の長者になりたいものだ」とつぶやくほどの男でした。

ある夜、用事を終えて村へ帰る途中、武右衛門は一人の若い女に出会います。月明かりに浮かぶその姿は、どこか人ならぬもののように美しく、彼はたちまち心を許してしまいます。仲間と別れ、女と二人きりで歩き出した武右衛門を、遠くから心配した村人たちがあとをつけました。

すると女は突然ふり返り、にたりと冷たい笑みを浮かべると、武右衛門の手をとって湖の中へと歩み出したのです。武右衛門はまるで酒にうかれて小踊りでもするように、女に手をひかれ、よちよち、よちよち、水の上を歩いていきました。

恐れをなした村人たちは家に駆け戻り、一夜にして村中が大騒ぎになりました。翌朝、舟を出して必死に探したものの、湖の底から浮かび上がったのは、白い足の指をひらめかせた武右衛門の亡骸だけだったといいます。
村人たちは震えながら囁きました。

「これはきっと、加茂湖の主のしわざに違いない」──。

そして人々は、湖を乱れに埋め立てたり、欲のために利用しようとした者の末路を思い知りました。もしかすると、加茂湖がいまも自然のまま守られてきたのは、こうした民話が人々の心に恐れと戒めを残してきたからかもしれません。

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