細い路地に、瓦屋根の家が並んでいます。
軒先に積まれた薪、庭先に置かれた壺や火鉢──すべてが、丹波焼のある暮らしの痕跡です。

ここは、いまも窯元が暮らし、働いている“現役の路地”。
観光地として整備されたテーマパークではありません。
むしろ、暮らしそのものが、丹波焼の風景を形づくっているのです。

この地の焼きものづくりは、かつて「半農半陶」と呼ばれる生活に根ざしていました。
春から秋にかけては畑を耕し、冬のあいだに窯を焚く。
農業と陶業を両立させることで、厳しい自然の中でも持続可能な暮らしが成り立っていたのです。

そして、丹波焼は「家内制手工業」の文化でもあります。
家族ぐるみで分業しながら作陶を行い、子どもも大人も、家にいる人すべてが“焼きものの一員”でした。
「登り窯の火が入る日は、村全体が緊張感に包まれた」そんな声も、この路地に住む人々から聞こえてきます。

ところで、お気づきでしょうか。
この集落は、少し不思議な点があります。
南北に細く連なる谷間の集落で、窯元たちの住まいはなぜか谷の西側に集中しています。
陶の郷がある東側には、家はもちろん、窯の跡すら見られません。

それは一体、なぜなのでしょうか。

ある人は、こう言います。
「東側は朝日が当たらないから、朝の目覚めが遅くなるし、気持ちも上がらん」と。
また別の人は、風の谷であることに理由を見出します。
「ここは、東から西へ風が吹き抜ける。登り窯を東に築けば、煙突から出る煙が風に押し戻されてしまうから」と。

どの説が正しいかは分かりません。
けれど、風を感じながら歩いてみれば、この土地の“理にかなった美しさ”に気づくはずです。

あなたも、そっと、風景の一部になってみてください。
きっと、感じるはずです。丹波焼とは、「生きている景色」なのだと。

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