仙巌園を築庭した19代島津光久の時代に建てられたものです。屋根瓦が、錫で葺かれていることから、その名で呼ばれています。国道沿いの新たな門が造られるまでは、正門として使われていました。かつて門の近くには、舌出という船着き場があり、当主たちは鹿児島城下から船で仙巌園を訪れることが多かったと伝わっています。

この門がいつ頃から朱色が塗られたかは明らかにされていません。明治時代には朱色になっており、29代忠義付きの漢方医によって、朱と油または漆を混ぜた液を振るなど手入れがされていました。


※鹿児島と錫
錫は日本において産出量の少ない金属です。しかし江戸時代の薩摩では比較的多く採取され、国内一の産出高を誇っていました。錫門の屋根瓦に錫が使用されている点は、このような薩摩の地域的特性をよく示しています。

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