猫神社は、17代島津義弘が文禄・慶長の役の出陣に際し、戦場に連れていった猫を祀るものです。義弘は猫の瞳の開き具合で時間を判断し、時計代わりにするために連れていったといわれています。従軍した7匹の内、無事に帰還した2匹が猫神として祀られました。

元々祠は、鹿児島城北端の護摩所に鎮座していましたが、明治維新後、島津家が鹿児島城を離れる際、ともに仙巌園内に遷りました。

令和6年(2024)に現在の場所へ遷座し、参道には自由気ままな「案内猫」「なで猫」が置かれ、多くの方々に愛されています。


※ヤス猫
義弘は、戦場に連れていった猫のうち、黄色と白の波紋の猫を「ヤス」と名付けたと伝わっています。名は次男・久保(ひさやす)に由来するとされ、後に鹿児島では同じような柄の猫を「ヤス猫」と呼ぶようになりました。

Next Contents

Select language