坂道を登り、展望台に辿り着くと、夜風がひらけるように流れ込んできます。
遠くに松山の街の灯り、近くには道後温泉本館あたりの建物が月明かりにほのかに浮かびあがっています。
ここは、かつて湯築城の核心部分があった場所。
伊予国を治めた武士たちが、この景色を見おろしながら政治を動かしていた──そんな時代も、もう四百年以上も前のことになりました。
中世の終わりに湯築城が廃されると、この丘はしだいに人の手を離れ、やがて一面の竹やぶへと姿を変えていきます。
城門は朽ち、堀は泥で埋まり、ただカラスだけが寝床にするような、荒れた丘だったと伝えられています。
けれど、明治という新しい時代が訪れると、この丘はもう一度、人びとの前に新たな姿でひらかれることになります。
明治十九年(一八八六)。
愛媛県は、湯築城跡を「植物園」として整備することを決めました。
当時の道後は温泉地としてにぎわっていたものの、城跡の丘には竹が密生し、「近づくのも大変な場所」だったといいます。
そこへ、県の事業が少しずつ入り、竹を切り払い、花木を植え、「道後公園」として開園しました。
しかし予算は限られ、整備は思うように進みませんでした。
そのとき、表舞台に現れたのが「伊佐庭如矢(いさにわゆきや)」です。
明治二十三年(一八九〇)、道後湯之町という小さな自治体が誕生すると、初代町長に選ばれたのが「伊佐庭如矢」でした。
彼がもたらした最も大きな変革は、いまや道後の象徴となっている「道後温泉本館」の建設です。
彼は、明治二十七年(一八九四)共同浴場を大胆に建て替え、反対意見も乗り越えながら、三層楼の壮麗な木造建築を完成させます。
完成と同時に全国に評判が広まり、多くの湯治客が押し寄せました。
ちょうどその翌年、松山に教師として赴任してきたのが夏目漱石。
のちに「坊ちゃん」を書く漱石は、作品の中にこんな言葉を残しています。
「おれはここへ来てから、毎日(住田の)温泉へ行くことに極めている。
ほかのところは何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」
この成功により、町の経済は活気づき、商店が増え、旅館が増え、道後は「四国随一の温泉地」へと成長していきます。
しかし、如矢の功績は本館だけではありません。
町長として、もうひとつ重要な取り組みを進めました。
それが、この「道後公園」の整備です。
当時、道後公園は県が所有する植物園でしたが、予算不足で十分な管理ができていませんでした。
そこで如矢は、「町として寄付をする」と自ら申し出ます。
清掃や植栽の整備を進め、町の人びとを巻き込みながら公園の姿を少しずつ整えていったのです。
その根底には「湯あがりに、人びとがふっと息をつける場所をつくりたい」そんな思いがありました。
いま、あなたの目の前に広がるこの風景──夜風が吹き抜け、街あかりが遠くにまたたくこの展望台も、彼が描いた「湯上がりの散歩道」につながっているのです。
さて、この伊佐庭如矢、じつは、もともと「伊佐庭」という姓ではありませんでした。
町長になる少し前、彼は自ら改名し、その名を名乗りはじめます。
なぜ、伊佐庭という名字を選んだのでしょうか。
理由を示すものは残っていません。けれど、のちの人びとはこう思いました。
「きっと、道後の歴史と、聖徳太子の遺徳を尊んでのことだろう」と。
いさにわ。
“いざ、行こう”と人を誘うような、やわらかな響き。
古代、人びとが碑文を見ようと集まった「伊佐爾波の岡」。
聖徳太子が碑を立てたと伝わるその丘に宿ったロマン。
その言葉を、明治のまちづくりに挑む自分の名として選んだ──。
もしそうなら、とても美しい選択です。
「この町を、再び“いざなわれる”場所にしたい」
「古代から続く歴史を、明治の未来につなげたい」
「道後を、ふたたび日本に誇れる土地へと導きたい」
如矢の胸には、そんな思いがあったのかもしれません。
もちろん、これは想像にすぎません。
けれど、夜の展望台でこうして過去を振り返っていると、彼の選んだ名が、ただの偶然や軽い思いつきとは思えなくなってくるのです。
眼下を見おろすと、公園の木々のあいだから街の灯りがこぼれ、静かな丘の稜線だけが浮かび上がっています。
古代、この丘には聖徳太子の碑を見ようと人が集まり、中世には河野氏の居城がそびえ、近代には伊佐庭如矢が散策路を整えた。
そして、いま──あなたがこうして夜の道後公園の展望台に立っている。
ひとつの丘が、時代ごとに異なる物語をまといながら、それでもずっとこの土地にありつづけている。
伊佐爾波という名は、そんな「重なり合う時間」をそっと開く、不思議な鍵のようにも思えてきます。
どうか、この先の散策では、夜の静けさのなかに、古い時代の気配や人びとのまなざしをそっと感じ、重ね合わせながら歩いてみてください。
あなたの心の中に浮かぶ「伊佐爾波の丘」は、どんな姿をしているでしょうか。
※このガイドは、取材や資料に基づいて作成していますが、ON THE TRIP の解釈も含まれています。諸説ある部分もありますが、真実は、あなた自身の体験の中で見つけてください。