こうして、ぐるりと一周して戻ってきたね。また藤棚だ。
どうだったかな。
花や石や木と話しながら歩くなんて、ちょっと不思議な体験だったかもしれない。
……え?
なんで、石や木が話しかけてきたんだって?
それはね、この場所に時間が積もっているからだよ。
ここは海だった場所に、人が庭をつくり、手を入れ、守ってきた土地だ。
大名の屋敷として使われ、その後は皇室の庭となり、今はこうして開かれた庭園になった。
そのたびに、景色は変わった。
でも、石や木は、ただ静かにこの場所を守ってきた。
日本には、長く使われたものには心が宿る、という考え方がある。
特別なことじゃない。
ただ、耳を澄ませば、聞こえてくる──それだけの話さ。
ところで、わたしのこと、誰だと思った?
大久保忠朝でもなく、皇族でもなく、庭師でもない。
花の声でも、石の声でもない。
……それらすべてを、見守ってきたものだ。
そう、わたしは、この庭そのものなんだ。
時代のなかで役割を変えながら、姿を少しずつ変えながら、
それでもここに在りつづけてきた。
日本には、ものに心を見立てる文化がある。
石にも、木にも、声を聴こうとする。
だから、きみが耳を澄ませたとき、わたしはこうして話すことができた。
今日は、話を聞いてくれてありがとう。
また、歩きにきてほしい。
わたしは、いつでもここにいる。