教会は、人の心を映すことがあります。白い壁。静かな入江。風のない日には、水面にもうひとつの教会が映ります。「水鏡の教会」。そう呼ばれる理由です。この教会を建てた人たちは、「五島で一番美しい教会をつくりたい」という願いがあったと伝えられています。なぜ、そこまで美しさを求めたのでしょうか。
明治維新。日本は新しい時代を迎えました。けれど、キリシタンたちにとって、それは自由の始まりではありませんでした。新しい政府も江戸幕府の禁教政策を引き継ぎ、各地で迫害が続いたのです。なかでも、ガスパル与作の故郷・桐を中心に、多くのキリシタンが暮らしていたこの地域は、五島崩れで最も激しい迫害を受けた場所のひとつとなりました。拷問を受けたのは大人だけではありません。子どもを人質に取り、その子を拷問する姿を親に見せながら、信仰を捨てるよう迫る。そんなことまで行われました。
やがて人々が名字を名乗るようになると、この地域の信徒の中には、「下」という文字を名字につけさせられた人たちもいたと伝えられています。「お前たちは、人より下だ。」そんな差別を、名字そのものに刻まれたのです。だからこそ、人々が願ったのは、ただ教会を建てることではありませんでした。「誰にも負けない、美しい教会をつくりたい。」それは建物の美しさを競うためではありません。もう隠れなくていい。もう見下されなくていい。私たちも、堂々と祈っていい。その喜びを、教会という形にしたかったのかもしれません。
もし中へ入ることができたら、ステンドグラスにも目を向けてみてください。色とりどりの光が、静かに床へ落ちています。あれは、ただ美しいからあるわけではありません。キリスト教では、光は神様の存在を表すものと考えられてきました。だから教会は、光で満たされているのです。そして、ステンドグラスは「光の聖書」とも呼ばれます。昔、多くの人は文字を読むことができませんでした。だから人々は、光と絵を通して聖書の物語を学び、神様の教えに触れていたのです。
潜伏キリシタンたちは、250年以上もの間、本当の教会で祈ることも、この光を見ることも許されませんでした。だからこそ、禁教が解かれ、初めて色とりどりの光が教会を満たしたとき。その光は、信徒たちの目にどのように映ったのでしょうか。
けれど、その光が照らした道は、一つではありませんでした。