大阪城の桜門をくぐると、正面に、とてつもなく大きな石が現れます。「蛸石」。

高さおよそ5.5メートル。幅およそ11.7メートル。重さは、100トンを超えると推定されています。大阪城で最大の巨石です。

これほど大きな石を目の前にすると、ひとつの疑問が浮かびます。なぜ、わざわざこんなに大きな石を使ったのでしょう。

石垣は、巨大な一枚岩がなければ築けないわけではありません。それでも、城の重要な場所には、目を疑うほど巨大な石が据えられました。そこには、防御だけではない意味があったと考えられます。

見せるためです。

今から400年ほど前、大坂城を訪れた人が門をくぐる。すると目の前に、自分の何倍、何十倍もある巨大な石が現れる。その人は、石だけを見ていたのでしょうか。おそらく、その向こうにある「力」も感じたはずです。

これほどの石を切り出し、海を越えて運び、ここに据えることができる。巨大な石は、そのすべてを可能にする権力と、人の力を目に見える形にしたものでもありました。

現在、私たちが見ている大阪城の石垣の多くは、豊臣秀吉の時代のものではありません。豊臣氏が滅んだあと、徳川幕府は大坂城を新たに築き直します。工事には各地の大名が動員されました。「天下普請」です。使われた石は、100万個を超えるとも推定されています。

そして、その巨大さを可能にしたのは、権力者ひとりの力ではありません。山で石目を読み、石を切った人がいる。山から浜へ運んだ人がいる。船に積み、海を渡った人がいる。そして、大坂で石を積み上げた人がいる。

石そのものは、何も語りません。けれど、人間は石に意味を与え、読み、切り、運び、積み上げてきました。

では、最後に。入口で触れた、あの石を思い出してください。最初に見たときには、ただの石だったかもしれません。けれど今なら、その色を見ることができる。石目があることを知っている。その石が山から切り出され、海を渡っていく道を想像することができる。そして、その石にも「ふるさと」があることを知っています。

さて。あの石は、どこから来たのでしょう。

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