猿沢池の南側に橋がある。この橋の下には小さな川が流れているが、この場所から眺めてみると、川に浮かぶ「舟に乗ったお地蔵さん」が見つかるはずだ。その数、なんと40体。橋の下に降りられるようになっているので、ぜひ降りてみてほしい。
この川はここで地下水路へとつながっている。が、こうして川を地下に埋める工事をしていたときに、たくさんのお地蔵さんが出てきた。おそらくは、明治時代の廃仏毀釈──日本には仏像を排除しようとした時代があった──によって打ち捨てられたものだろう。
実は、土木工事の際にお地蔵さんが出てくることはよくあること。土木業者の間では、お地蔵さんを粗末にしたらバチが当たる。逆に、大切にした業者は「繁盛する」という言い伝えがあった。だから、こうして祀っているのかもしれない。
ちなみに、橋の下には、江戸時代に作られた橋の柱が残っている。「明和七庚寅年五月吉日」と刻まれた柱があるので探してみてほしい。その側面には「椿井町 施主 嶋屋嘉兵衛」とあるが、名前が途中で途切れている。これは、その時代の川が今より深かった証拠であろう。
いずれにせよ、明和7年とは、1770年。川を埋める工事よりはるか昔のこと。お地蔵さんたちにとっては、打ち捨てられる前の時代かもしれない。その頃は、どこにいたのだろうか。