【展示「萩のみる夢」、音声ガイド2番「かつて住んでいた男のみる夢」をご利用いただき、まことにありがとうございます。
このガイドは、ギャラリー奥にある部屋のなかで聞くことをおすすめします。
それでは音声ガイド2番「かつて住んでいた男のみる夢」をはじめます。】


大学4年生のころ。

考古学を専攻していた私は、論文を執筆するために、この建物の一部屋を借りていました。
大学を卒業するまでの、たった一年間のことです。

玄関と、水道と、部屋が4畳半。それで6畳一間です。月二万円。小さいながらも過ごしやすい。
1階に住んでいました。2階……があったか、覚えていません。階段も、あったか定かではありません。
朝から晩まで、部屋で論文を書いていました。


……そういえば、隣の部屋で、電話の音がひっきりなしに鳴っていました。
けれど隣の家主は見たことも会ったこともなく、電話がとられることはありません。
なんとなく、いる気配はするので、部屋をノックしてみたのですが、居留守を使っているのか、一度も返事はありませんでした。

あの部屋にはだれが住んでいたのでしょうか。男だったのか、女だったのかもわかりません。

籠って論文を書いていると、時間の感覚もあまりなくなっていきました。
毎日、2軒となりの銭湯へ行く人の下駄の音が徐々に聞こえてきて、
そこで「あ、夕方だな」と気づく。


……日々その繰り返しでした。


【以上で、音声ガイド2番「かつて住んでいた男のみる夢」を終わります。】

[テキスト:東彩織 声:福田毅]

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