【展示「萩のみる夢」、音声ガイド5番「床のみる夢」をご利用いただき、まことにありがとうございます。
このガイドは、建物2階、バルコニーに出て聞くことをおすすめします。
それでは音声ガイド5番「床のみる夢」をはじめます。】
こんにちは。
私はいまはご覧の通り透明です。でも4年前まではれっきとした床でした。
あなたの目の前にあるのが私です。
いまあなたがいる足元と地続きになっていました。あなたがいまいるそこは、部屋の玄関でした。
私の上には何人もの人が乗り、何人もの人が過ごしましたが、どの足の方も覚えています。
たいがいは男の人の足でした。みんな裸足で。足の裏が温かい人もいれば、冷たい人もいました。
私の上に最後に住んでいたのは、建築家の、若い男でした。彼のことを、よく覚えています。
ある日突然、2軒となりの銭湯が急になくなりました。彼は、本当に残念がっていました。それに、寂しそうでした。
「建物の突然死だ」とまで言っていました。
そして彼は、独り言のように、つぶやきました。「建物を使い続けていけば、そこにいる人や、そこで起こる出来事が、細い糸のようにつながっていくんじゃないかなあ。」
……私には、何のことだか、よくわかりませんでした。
それから、一年も経たないうちに大きな地震が来て、この建物も取り壊されることになりました。
木の板だった私は剥がされて、梁や壁と別れました。
さすがに、長年一緒にいたものですから、寂しさもありましたね。
でも私からはだいぶきしむ音も出ていましたし、仕方なかったかもしれません。
建物というものは、消耗品なのかもしれません。
……そう思った矢先、あの若い男が、この建物を改修することになりました。
梁や壁はそのまま残りました。
私がいまどこにいるのか、私もわかりません。
もう燃やされたかもしれないし、まだどこかにいるかもしれません。
そして、いまは空気の層のようになって、梁や壁、やってくる人、去って行く人、あらゆるものを、見つめています。
【以上で、音声ガイド5番「床のみる夢」を終わります。】
[テキスト・声:東彩織]