日本人は無宗教なのではなく、無意識であるだけなのかもしれない。

新勝寺へお参りに行くという昔ながらの習慣の裏には、どんな意味があり、どんな物語を通過しているのか。それを少しでもお伝えしたいと思ったが、まだまだ日本人の無意識を解き明かすには至っていない。

新勝寺の表参道はもちろん、日本でゴミが落ちているのを見かけることが少なかったり、電車に乗るときに規則正しく並んだり、不思議なお辞儀を繰り返したり、こういった習慣にも、仏教の無意識が働いているに違いない。もしかすると、言葉にも。日本語で別れを告げる言葉を「さようなら」と言う。世界の言語の「さようなら」は大きく三種類に分けられるが、日本語の「さようなら」はどれにも当てはまらないとされている。

①「Good bye」「Adieu」のような「神のご加護を」系
②「See you again」「再見(ツァイツェン)」のような「また会おう」系
③「Farewell」や「계세요(ケセヨ)」のような「お元気で」系

「さようなら」の語源は「左様ならば」。つまり、「そうならねばならぬのなら」である。同じように使われる「じゃあ」「では」「ほな」も何かを確認している節がある。さまざまな解釈があるが、世の中には “自分の力ではどうにもならないこと” がある。だから、別れなければならないことを、「そうならねばならぬのなら」と諦めて受け入れる。それが「さようなら」の意味だという。この美しい日本語にも、仏教の悟りともいえる無意識が溶け込んでいるように思えてならないのだ。

それらの意味を本当の意味で知るには、旅を続けるしかないのかもしれない。今回は短い滞在だったかもしれないが、次は「市川団十郎」の歌舞伎を鑑賞するため東京へ。あるいは、さらなる仏教世界を求めて京都・奈良へ。旅はひとつの縁を起点に点から点へとつながっていく。もしも、次の旅先でもまた「ON THE TRIP」を見かけたならば。その縁がつながることを願っている。







ON THE TRIP 編集部
文章:志賀章人
写真:本間寛
声:五十嵐優樹




写真提供
大本山成田山新勝寺

参考資料
NHK 関東甲信越 小さな旅 8/小さな旅取材班
図説 成田の歴史 普及版/成田市史編集委員会編
成田みち今昔/森田保
成田・寺と町まちの歴史/小倉博
「成田参詣記」を歩く/川田寿
門前町成田の歩み/大野政治







※このガイドは、取材や資料に基づいて作っていますが、ぼくたち ON THE TRIP の解釈も含まれています。専門家により諸説が異なる場合がありますが、真実は自らの旅で発見してください。

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