ここで時代を和倉温泉の原点に巻き戻そう──

1200年前、温泉がはじめて発見された場所は「湯元」ではなく、山側にある「湯の谷」だった。そのとき、人々は貴重な湯をもたらしてくれた神様に感謝して祠を建てた。その神様こそ「少比古那命」。その祠こそ「少比古那神社」の前身である。

当時は、神仏習合=神様は仏様でもあったため、少比古那神社は「薬師堂」と呼ばれ、御神体として石の薬師像をまつっていた。薬師様とは医薬の仏様であり、温泉地にはぴったりの存在だったのだろう。人々は薬師様にお参りしたのち、温泉に浸かって病気や傷口を癒す。そういう流れがあったことは想像に難くない。

湯の谷で湧いていた温泉が湯元に移動してからも、薬師堂は健在であった。が、より湯元に近い弁天島で弁天様をまつるようにもなった。

そこで、少比古那神社→湯元→弁天社。これらを地図を見ながら一本の線で結んでみてほしい。和倉温泉の湯脈はそこにある。実際、このラインから少し外れた場所でおこなったボーリングは空振りに終わったという。

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