移築された御便殿は現在、青林寺によって守られている──

御便殿が建てられたのは明治時代の終わり。訪れたのは皇太子。のちに大正天皇となる人物であった。なぜ、それほどの方が和倉にやってきたのか。当時の日本は日露戦争が終わったばかり。疲弊した国民をねぎらうために訪れたのではないかという人もいるが定かではない。いずれにせよ、和倉の人たちが相当な働きかけをしたのだろう。

御便殿は伊勢神宮と同じ特別なヒノキで建てられており、傷みやすい廊下ですら高級な「秋田杉」を使っている。廊下の板の木目をさわってみてほしい。いかに年輪を重ねた大木であったかわかるはずだ。また、天井の隅もS字型で格式高い「折上格天井(おりあげごうてんじょう)」。天井に貼られた板も「虎斑(とらふ)」と呼ばれる虎模様となっている。

見るからに豪華な御便殿だが、皇太子の滞在は「2時間」であったという。皇太子は御便殿で特別にしつらえた浴槽で湯に浸かり、廊下の手すりからこの地に古くから伝わるイルカの追い込み漁を観覧したそうだ。そう、縁側にもかかわらず手すりが付いているのは、かつてはその先に海が近かった名残なのだ。

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