写真の場所はここではない。自転車で数分の距離にある「名越屋沈下橋」だ。なぜ、遠まわしに紹介をしているのかといえば「サイクリング」を試してほしいからだ。
道の駅「土佐和紙工芸村くらうど」では自転車を借りることができる。ママチャリではない。クロスバイクを(500円/日)だ。坂道に気づかないくらいスイスイ進むから、初心者でも長距離を走れるはず。
「コツは“気持ちいいペース”を保つこと。ギアを重くすると出だしはいいが後半に足が疲れやすい。“少し軽いなぁ”と感じるギアがちょうどいい」
そう教えてくれたのは、日本全国のサイクリングコースを走ってきたという筋金入りのサイクリスト。そんなコーチがこの地に移住したのはもちろんサイクリングのため。
「グリーンじゃなくてブルー。きれいな川は他にもあるけど、仁淀川のような青い川は滅多にない。青いバラがなかったように自然界に青色はめずらしいそうですよ」と教えてくれた。
コースにしてもそう。自転車で山を登ったり、海岸線を走ったりする場所はあるが、川を主役にサイクリングできるコースはめずらしい。なんといっても、いつでも川に飛びこめちゃうほど身近に走り続けられるのだから。
それに、ここから仁淀川の上流(仁淀川町)まで遡り、そこから河口まで走りきるコースも1日あれば楽しめる。つまり、山深い集落から太平洋の港町へとつながるストーリーを味わえるのだ。仁淀川は人里離れた山奥でひっそり流れているような川ではない。川の流れに沿って、茶畑、棚田、材木工場などが並び、人々の生活と密接に寄り添っている。上流から下流まで、何を営んでいるかはさまざまであるが、その変化が景観の変化でわかるのだ。
おすすめのコースは2つ。「ロングコース(115km)」と「ショートコース(75km)」。詳しくはコーチが携わる《高知仁淀ブルーライド:http://great-earth.jp/kochi/kochi_gaiyou.php》に載っているのでチェックしてみてほしい。
では、自動車でもオートバイでもない、サイクリングならではの見どころはなんだろう?
沈下橋で有名なのは、浅尾沈下橋、片岡沈下橋、名越屋沈下橋。最も近くにある名越屋沈下橋は、現役バリバリの生活道。車の往来も多く、橋の途中に「退避場所」があるほど。まさに生活に密着している橋だ。
あえて装飾をなくして増水時に無抵抗で沈ませる沈下橋は、今でも年に3回ほど沈下する。豪雨で氾濫した仁淀川は濁流にして激流。橋が沈むほどではないときも、沈下橋を渡っていると川が流れる方向に吸い込まれそうになって恐ろしいものだという。
それはさておき。サイクリングではメインルートを外れてみてほしい。自転車でしかいけないような林道を進んでいくと、名前もない小さな沈下橋と出会えたりする。一体、どこにあるのか? 地元の人に聞いてみてほしい。
サイクリング中に地元の人と目があったときは「こんにちは」を忘れずに。そこにひとつ言葉を加えるとしたら「はじめて高知にきたんです」と話しかけてみてほしい。おもてなし上手な“高知家”の人たちだから、いろんなスポットを教えてくれるはず。
「生活に密着している仁淀川のサイクリングだからこそ、地元の人とドンドン話してほしい」とコーチは語る。
たとえば、沈下橋からたくさんの魚が見える。しかし、どれがアユなのかわからない。コーチが地元の人に尋ねてみると「お腹を見せてクルクル泳いでいるのがアユ」と教えてくれたそう。そうして得た知識や体験こそ永遠になくならない宝物になるだろう。
おすすめは日帰りキャンプ。重たいテントは家に置いたまま、リュックに簡単な調理セットをいれるだけ。あわよくば釣り具も。近場の川でアユを釣ってその場で食べるのが最高の贅沢なのではないか、とコーチは言う。
とにかく、一日中、自転車を漕ぐというよりは、半日で自転車を停めて川沿いでのんびり過ごす。そして、夜は町に戻る。そうすればテントはいらないし、市内のホテルから近い仁淀川らしい遊びかたであるはずだ。
ちなみに、コーチののんびりスポットは、下八川(しもやかわ)の「名前のない川べり」。自転車ならばどこにでも停めてすぐに川まで降りられる。そんな場所はたいてい貸切だ。ぜひ、あなただけの秘密の場所を見つけてみてほしい。
釣りたてのアユを塩焼きにして、そのままガブリ。やってみたいものである。ぼくたちが訪れた11月は残念ながら禁漁期間。アユが産卵のため川を下る時期なので保護しているのだ。
アユ釣りのシーズンは6月~10月。釣りをするにはまず遊漁証を《お近くの販売店:http://www.niyodogawa.or.jp/shopinfo/》で買う必要がある。釣ったアユは口から竹串を刺して、全体に塩をふって焼くだけ。ポイントは焦げやすいヒレの部分に塩を多めにふっておくこと。強火で背中から焼きはじめ、次にお腹を。表面がカリッとしてきたら弱火でじっくり焼いていく。そのとき、口を下側にしておくと、口から余分な水分が滴り落ちてふっくらする。ポタポタと落ちる水滴が止まったら完成の合図。焼きを待っているあいだは、目の前の絶景を味わおう。
冬は顔を洗うだけでも気持ちいい。夏ならば全身で飛びこんでもすぐ乾く。川の水がきれいすぎて、海のようにベタつくこともない。爽快なシャワーを浴びた気分で走り出せるのだ。なんなら濡れたまま自転車に乗っても構わない。それこそ最高の贅沢なのかもしれない。
最後に、コーチにあらためてサイクリングの魅力を聞いてみると。
「自転車に乗っているときは薄いアンダーウェア一枚。いわば、裸で走っているようなものです。スピード、におい、光、あらゆる自然を全身で感じながら走れるところが最高です」と、太陽のような笑顔で答えてくれた。レンタカーが必須と思われがちな仁淀川の旅は意外と自転車でも100%、いや120%楽しめるのかもしれない。
仁淀川の名前の由来を知っているだろうか?
いくつかの説があるが、1000年以上前、この川で捕れたアユを朝廷の贄殿(皇室の食べものを保管する建物)に納めていた。そこから「贄殿川=にえどのがわ」と名付けられ、それが転じて「によどがわ」と呼ばれるようになったという。つまりアユ釣りは、大昔からこの地に住む人々の生活に根付いていたということだ。
ナイル川、インダス川、メソポタミア川。世界の文明は川から生まれた。仁淀川もまた1万2000年前に人が暮らしていた形跡が見つかっている。そのときに発掘されたのは「漁業に使う道具」と考えられている。もしかすると、当時の仁淀川人はクマが産卵期のサケを狙うように、仁淀川を上下動するアユを狙って生活していたのかもしれない。
アユは毎年、秋の終わりに海に向かって川を下る。そして、仁淀川の河口に辿り着くと、尾ひれで穴を掘って産卵。メスが産んで、オスが放精して、メスが砂をかける。そして役目を終えたアユたちはそのまま死んでしまう。しかし、春になると卵から稚魚となったアユたちが仁淀川を遡りはじめる。こうして、毎年、新しい命に生まれ変わるのがアユ。実は、サケの遠縁の親戚でもある。
仁淀川には「アマゴ」もいるが、こちらは完全にサケ科である。1万年前の氷河期に川に閉じ込められてしまったサケが小さく進化した種ではないかという説もあるくらいだ。
とにかく、アユやアマゴを狩猟採集していた仁淀川人はやがて、アユを朝廷に捧げたり、流行りの棚田を取り入れたり、和紙づくりに挑戦したりと、仁淀川に寄り添いながら暮らしを進化させてきた。
アユのように仁淀川を遡り、河口まで下るルートをサイクリングすることで、そうした人間の営みの進化さえ見えてくるのではないかと思うのであった。
ちなみに、アユの主食は石の表面についた藻。それしか食べない。だから、アユの群れがいるような場所だと石は磨かれて光沢を放つ。仁淀川が青い理由のひとつに、アユもまた少なからず貢献しているのかもしれない。