まさに限界集落。
急斜面の狭い土地にへばりつくように並んだ家々はあきらかに無人の気配が漂っており、崩れかけている家もある。車を停めてエンジンを切るとまったくの静寂が訪れた。瞬間、どこからか町内放送が響き渡って度肝を抜かれた。
この集落にも1970年は100人が暮らしていた。が、その人口は減り続け、2014年についに1人となる。それも「シゲちゃん」という77歳のおばあちゃんがたったひとりで暮らしている。
ここまで連れてきてくれたコーチが家の前で「おるかー?」と声をかけると「はいはい」とシゲちゃんが出てきてくれた。ぼくは、もう何回も聞かれたであろうと思いながらも聞かずにはいられなかった。
「さみしくないですか?」
「みんながそう言うんやけどね、そんなん思ったことない」
おだやかな語り口であったが、強い意志を感じた。そして、受け答えと同じように足腰もかなりしっかりしている。
「最近ね、杖をやめたんよ。そしたら、力がはいるようになった。杖をやめたときは、転げてばっかりやったけどね」
そう言って大きく笑うシゲちゃんは健康そのものに見えた。椿山のどこがそんなに好きなのかと聞いてみると。
「空気もおいしい、水もおいしい、夜空なんてもうほんときれいなんですよ。いまだにときどきね、夜しばらくながめるときがある」
そして、シゲちゃんはこう続けた。
「ここにおれるのが最高のしあわせだもん。生まれ育ったとこやから、思い出もいっぱいあるけんね」
シゲちゃんの家からは晩御飯のいい匂いがしていた。どうやら食べている最中に呼び出してしまったようで、そのことを詫びると「ひとりでごちそう食べよるだけやき」と照れながら「畑もやっててね、ここの野菜がおいしいとみんなが言うんですよ、だから送らないかん。忙しいんですよ」とまた大きく笑った。
駐車場に戻ると、今となってはだいぶレトロな「ミラージュ」が停まっていた。来たときにもあった車だが、それがシゲちゃんの車。椿山には移動販売車もやって来ない。だから、シゲちゃんは自らミラージュに乗って週に1度、佐川町まで買い物にいく。
椿山は、安徳天皇が隠れ住んだというのも納得の秘境である。が、過去の物語より今を生きるシゲちゃんの物語のほうが続きが気になって仕方がない。
椿山はこの先どうなっていくのだろうか。これを見ているあなたが確かめてみてほしい。