松山:このガイドのテーマである、インナートリップ。大事なことなので、これについて話したいと思います。退蔵院では、瓢鮎図への工夫として私のおじいさんの住職が瓢箪の形をした池の中にナマズを入れることでその答えとしました。たいがいですね多くの人は外へ、外へと答えを求めてしまいます。でも、実は答えはもう自分のなか、自分の内にすでにあるんじゃないかと思うんです。

成瀬:そうですよね。日本的な禅を、アメリカをはじめ海外で広げるきっかけになった鈴木大拙さんが言っていた、とても好きな言葉があります。

「われわれは月を目指して山を登る。月に辿り着こうなんて妄想だ。山は果てしない。だが、月はつねにわれわれと共にある」。実はすぐそこにあるんだという発見がこの言葉にはありました。

松山:幸せというものも同時に、実はすぐ近くにあると思うんですね。たとえばですね。幸せをあえて数式で表すために割り算で表現しますが、分子(得たもの)を自分が得たものだとします。分母(欲しいもの)が自分が欲しいもの。得たものを自分の欲しいもので割ったものを私は幸せだと考えるんですね。

幸せを増やすためにはふたつ方法があります。ひとつは「たくさん得ること」。でも、たくさん得ても、それ以上に自分が欲しいものが増えると幸せは増えないんですよ。

もうひとつ幸せを増やす方法があって、分母、つまり自分が欲しいものを減らすというやり方があります。仏教用語には「知足」という言葉がありますが、まさに「足るを知る」という考え方です。ですから、自分を見つめることで、本当の意味での充足感が得られる。やはり知足、欲しいものを減らすやり方がいいんではないかなと思います。

成瀬:少ないもので満足するということは、難しいと感じる人も多いはずです。それって、どうやったら足るということを知れるのでしょうか。

松山:それは感動にあります。私の友人で美食家の方がいらっしゃって、その方に「世界で一番おいしかったものは何か?」と聞いたことがあるんですね。すると彼は、カステラだったと言うんです。

世界中のありとあらゆる食を堪能した上で、カステラがおいしいと。どういうカステラ屋だったかというと、ヨーロッパを車で巡っていたときに、迷ってしまって何も食べられず途方に暮れていたときにたまたま見つけたカステラ屋さんだったそうです。「そこで食べたカステラが本当においしかった。それが世界で一番美味しいものだった」とおっしゃっていました。

私も同じような体験がありまして。修行を埼玉県でしたんですが、そのあと、京都まで歩いて帰ってまいりました。28日間かかったんですね。行脚をするということなんですが、お金もない、泊まるところもない、食べるものもない、そういうなかで皆さんに托鉢をしながら、お恵みをいただきながら帰ってきたわけです。

二日目だったと思いますが、台風に直撃されました。ボロボロになりながら30kmほど歩いて、あるお寺にたどり着いたわけです。そのお寺の門を叩くとご住職が出てこられました。

「こんな格好ですけれども、なんとか一晩止めてもらえませんか?」と言ったら、「よく来た」とこころよく迎えてくださいました。

まだ10月でしたけれどもストーブを出してくださって、暖かいお風呂やお布団を用意してくださり、自然と涙が出てきたんですね。

普段ご飯を食べて泣くことはないお風呂に入って泣くこともないと思うんです。普通、布団に入って涙しないでしょう。

でも、私はその時何もなかった。その何もない、つまり「ありがとう」という言葉がありますが、漢字で書くと「有ることが難しい」と書きますが、何もないからこそ、そこでいただいた親切に感動したわけです。

ですからやはり感動というもの、これが幸せに繋がっていくんではないかなという風に思います。

成瀬:感動を大きくするには欲しいものである分母を限りなく小さくすることが大切だと。つまり、何もないということが大事なんでしょうか。

松山:あることがない状態。ものがあることに感動するのではなく、あることとないことのギャップにそこに感動があります。だから足るを知って、何も持っていなければ常に感動できるわけです。それが一番の幸せへの近道だと思っています。

これは、頭のなかでは理解できると思います。たとえばお腹いっぱいの時にフランス料理のフルコースを食べてもしんどいだけですけれど、お腹が減っていたら1個のおにぎりでもおいしい。そんなことは誰でもわかります。

でも、頭の中の理解と、自分で本当にそれを体験したことは大きく違います。

ですから、禅では自らの体験を大切にして、自分の中で感じたことを最も大切にしています。

私も新幹線で東京に行ったり、埼玉に行くこともありますけれども、その時に雪で遅れて文句を言っている方もいらっしゃいます。私はですね、歩いてみろと思うんです。歩いてみたら本当にしんどいし、大変。それをわずか2時間で東京に運んでくださる。本当に私は「ああ、有難いな」と思いながら新幹線に乗らせていただいてます。

成瀬:松山さん。退蔵院、そして最後に心の中へのインナートリップへのご案内、ありがとうございました。

(対談終わり)

このガイドのもう一つのテーマである、問うこと。僕たちはきっと、検索することに慣れています。気になることを検索窓に打ち込めば、すぐに答えも出てきます。このガイドでは質問をいくつか投げかけましたが、答えがあるものも多かったはず。

でも、世の中には答えがあることばかりではありません。そもそも問いにすらなっていないことも数多くあります。知らないことすら知らない。そんな物事もあります。ではどうしたらいいのか。

それには「問い」を立てて、まずはやってみること。枠を超えるには、自分に思いっきり問いをぶつけてみて、それを知る上で自分で体験してみること。批判するより行動して、自分で確かめてみることが大切なのだと思います。

そうして体験するうちに、外へ外へと向かっているように見えて実は内へ内へ、己の発見につながっていくのかもしれません。それこそがインナートリップなのです。

ON THE TRIP 編集部
編集協力:鈴木雅矩
写真:本間寛

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