8月14日は、十津川村の武蔵地区にとって特別な日だ。平安時代から数百年にわたって受け継がれ、国の重要無形民俗文化財にも指定されている盆踊りが行われるのである。
武蔵地区の住人は現在70人ほどで、高齢化が進む。普段は静かでひっそりとした集落ながら、この日だけは村外に出ている住民の子どもや孫が戻ってきたり、盆踊り目当ての旅行者が集って、一気に華やか、賑やかになる。
日本各地の歴史ある盆踊りのなかで、この盆踊りにはどんな特徴があるのだろう? 武蔵地区で生まれ育ち、御年80歳にして地区を離れたのが学生時代の1年だけ、自ら「お祭り男」と称するむさし踊り保存会の平瀬肇万さんの話を聞いて二度、三度と驚いた。
最初に、「え?」と聞き直してしまったのは、盆踊りの曲数だった。
「武蔵地区の盆踊りは34曲あるんですよ。それは馬鹿踊りと言われていて、見ていて愉快な踊りもあるし、女性を口説く場面を小説のように再現する踊りもあります」
盆踊りが34曲! 5分ずつ踊って少し休憩したら、ひと通り踊り終えるまでに約3時間。振り付けや歌詞を覚えるのも、踊り切るのも大変そうだ。平瀬さんがニヤリと笑う。
「保存会の会長をやってるけど、踊りの歌詞は私もまだ憶えきれないんだ(笑)」
次に、「へ?」と耳を疑ったのは、盆踊りの最後に踊られる「大踊り」についてだった。
「1時間10分から15分ぐらいの長い踊りでね。しかも延々と同じ踊りをするんですよ。今も覚えているけど、小学生の時は大踊りになると居眠りしてました。長いんで」
馬鹿踊りを34曲踊った後に、1時間15分の大踊り……。想像すると、気が遠くなる。
しかし、あるきっかけで「大踊り」は短縮され、今は盆踊りの最後に15分から20分のショートカット版が踊られているという。その理由がまた、意外だった。
「大阪の万博(1970)の時に、十津川の大踊りを披露してほしいという依頼があったんですわ。その時に、20分から30分にしてほしいと言われたから、短縮してね。それ以来、短いバージョンを踊っています」
数百年前から踊り継がれてきた伝統の大踊りをショートカットして欲しいと頼む万博の担当者もどうかと思うけど、その後の50年、そのままショートカットバージョンが踊られるという展開は担当者も想定外だったろう。
フルバージョンに戻そうという声はあがらなかったんですか? という僕たちの問いに対する平瀬さんの回答に、思わず笑った。
「踊っても踊れないことはないけど、歌が変わるだけで踊りは一緒なんで、見る人にとっては退屈でしょ。それに保存会はいま会員が26名いて、平均年齢が65歳ぐらい。踊ってくれと言われても、ばててしまうし、イヤですわ(笑)」
ちなみに、武蔵地区の盆踊りは、観光客が観に来るのはもちろん、撮影するのも、一緒に踊るのもウェルカムだという。
おおらかで細かいことにはこだわらず、自分の気持ちに正直で、ほかの人にはオープンなこの感じ。日本人らしさというよりは、ラテンの香りがする……と思ったら、武蔵地区の盆踊りはかつて、休憩をはさみながら明け方まで踊られていたという。夜通し踊る祭りの代表格といえば、ブラジルのリオのカーニバル。暑い夏に徹夜で踊る人たちには、なにか共通点があるのかもしれない。
踊りが短くなろうが、祭りがその日のうちに終わろうが、関係ない。この盆踊りがどれだけ地元に根付いているのか、よくわかるエピソードを平瀬さんが教えてくれた。
「旧武蔵小学校の校庭に櫓を組んで、この盆踊りをやるんだけどね。もうだいぶ前のことだけど、学校の近所のご主人が8月13日に亡くなったんですよ。さすがにお通夜をしている時にまずいだろうと思って、初めて中止することにしたの。そしたら、その家のおじいさんに『お前ら、なんでやめるんだ!』ってえらい叱られてね。それで、やっぱりやろうということになって盆踊りをしたら、そのおじいさんに『ようやってくれた。これで成仏できる』と感謝されました」
これだけ歴史があり、ユニークで、地域の住民に大切にされている祭りは、なかなかないだろう。十津川村の外にも、その魅力に夢中になっている人たちがいる。例えば、大阪市立大学の芸術文化学者、中川真さんは40年ほど前から毎年のように、20人から30人の学生を連れてこの盆踊りに参加しているそうだ。
さらに、その学生のひとりが社会人になった後、「踊りが難しくて、踊れないのが悔しい。教えに来てほしい」と保存会に連絡をよこしたのが縁で、大阪にむさし踊りのサークルが結成され、現在16人が所属している。
「この集落もどんどん人が少なくなっているけど、もし、お盆にこの盆踊りがなくなったらと思ったら、ものすごく寂しいです。先人から受け継いだこの踊りが、僕が会長の時に廃れたら大変やと思って、ほんまに必死です」と語る平瀬さん。大阪のサークルができた時には、あまりに嬉しくて、「むさし踊り第二保存会と命名しました」と満面の笑み。
この盆踊りを観たい! 参加したい! と思った人に、お勧めの宿がある。盆踊りの会場、旧武蔵小学校の正面にある一棟貸しの宿泊施設「大森の郷」だ。もともと武蔵小学校の教員住宅だった築100年超の古民家をリノベーションしたもので、武蔵地区の有志が共同で管理している。この宿の設立に奔走したのも、平瀬さんだ。
「もう何十年もほったらかしであばらやと化していたんで、地域の集会所かなんかにできんかなと思ってたんですわ。そうしたら県庁にいる知り合いから、民泊にする気ないか? と聞かれたのがきっかけです」
早速、武蔵地区の住民を集めて話をしたところ、近隣の6戸が共同管理に賛同。そこで活性化協議会を立ち上げて国から助成金を受け、本格的に動き始めた時に、県庁の知人が連れてきたのがアメリカ人の東洋文化研究家で、全国各地で古民家の再生と活用を続けるアレックス・カーさん。平瀬さんを中心とした活性化協議会のメンバーは、アレックスさんの助言に従って大規模リノベーションを施し、2014年、「大森の郷」をオープンした。
十津川産の木材をふんだんに使った部屋は、和モダンなデザインで、洗練された雰囲気。広々として快適なこの宿は旅行者に好評で、近年は年間270、280日、宿泊者で埋まっているという。運営も黒字で、「これを作って失敗したなっていうことは一切ない」と平瀬さん。
「最近は、泊まっている人がいないと、このあたりの人から、『昨日は電気ついてなかったから、さみしいよ』と言われるんです。やってよかったなって思いますよ」
もしよかったら、盆踊りの日にこの宿に泊まってほしい。そうしたらきっと、準備が始まる早朝から踊りが終わる夜中まで、1日中、祭りの陽気に浸ることができるだろう。盆踊りの日の予約が埋まっていても、大丈夫。この宿は平瀬さんの集落が運営しているから、問い合わせれば、踊りを見せてもらったり、体験させてもらうこともできる。武蔵地区の魂ともいえる盆踊り、ぜひ集落の人と一緒に踊ってみてほしい。そうしたらきっと、お盆に再訪したくなるはずだ。