部屋のドアを開けると、視界には金色の世界が広がる。この金色の正体は五円玉。床、壁、天井に敷き並べられた五円玉が輝き、荘厳な空間があなたを出迎えてくれる。日本では、“ご縁”の象徴として、神社仏閣のお賽銭や縁起を担ぐときに使用されている五円玉。ここ京都では、多くの場面で見かけることができるだろう。
この部屋の五円玉は宿泊者の手によってどんどんと増えていく仕組みだ。ぜひあなたも五円玉を貼り、このアートに参加してほしい。机の上にあるシルバーのトレーの中にある五円玉、あなたが持つ五円玉、どちらでも、何枚張っても構わない。机の上にある接着剤とガイドを使い、既に張られている五円玉の、その先へと貼りつけてほしい。
この「goen no ma」での体験を通じ、時間を超えて宿泊者同士の“ご縁”が繋がっていくように。それが、アーティスト大平龍一の願いなのだ。ここからはアーティスト自身に、作品について語ってもらうことにしよう。
ーー自己紹介をお願いいたします。
彫刻家の大平龍一です。
ーー大平さんは彫刻家として、普段はどういった彫刻を制作されていますか?
主に木を使った作品が多いんですけど。媒体はそんなに選んでいなくて、その時その時に合う素材を使えばいいと思っています。
ーーサイズとかモチーフは?
全然ばらばらで。固定してこれがつくりたいとか、ずっとこれをつくってきたというのはなくて。毎回毎回、結構ばらばらです。
ーー今回この作品空間のタイトルは「goen no ma(ゴエンノマ)」。部屋中に五円玉が張り巡らされたというか、部屋の半分ぐらいを五円玉で埋めているような作品になっています。どういった意図で、こういった空間作品にしようと狙い、思いがあったんでしょうか?
京都に行くと、とにかく五円玉を使うんですよね。寺や神社をまわると、常に五円玉を持って、毎回毎回、五円玉を投げるみたいな。
ーーある程度五円玉をストックして、京都に行くみたいな。
そうそう。その印象がすごく強くて。僕、2012年ぐらいに五円玉を使った滝をつくるという作品をつくってたんですけれども。それと今回の経験がミックスされて、今回の作品がでてきたっていう感じですね。
ーー京都という立地に合わせてひらめきが出てきたんですね。そもそも五円玉の滝をつくるという作品も含めて、なぜ五円玉を素材に?
話すと長いですよ(笑)。2012年に、山形の鶴岡にある「鶴岡アートフォーラム」という美術館で個展をやったんですけど。それに際してその2年前から、鶴岡に何度も何度も出入りして、ワークショップをやっていたんです。鶴岡は米どころで、一面に田んぼが広がっていて日本酒が美味しい。その田んぼの光景を「いい感じに何かで再構築して、作品化できないかな」と考えてたんです。その美術館に展示するために。僕はその時、すごく「金色」という色に惹かれていて、金色をテーマにした作品をたくさん作っていたんですけど。ある時、五円玉を見たら、五円玉って金色で、なおかつ柄が稲穂だったんですよ。
ーーたしかに。
その稲穂の五円玉を美術館に全面敷き詰めたら、田んぼになるんじゃないかなって。そういう作品を考えたんですよ。その時の館長の方と色々と計算したら、美術館の床を全部埋めるのにだいたい一億円ぐらいの五円玉が必要だといって。1億円の五円玉を使うのに、5000万枚両替をしなくちゃならないとか、色々と考えたら二千万枚必要だと。一枚あたり3.75グラムで重さが75トン。「美術館のを床が持たないよ!」って。五円玉を敷き詰めるのは、現実的じゃない。
そこで「滝もいいかもしれない!」って。自然の偉大さを伝えるには、田んぼの光景じゃなく違う形でもいいんじゃないかなと思って。滝の水が流れる姿を五円玉に表したいなと。その時はベルトコンベアーで200万円分の五円玉を40万枚を流して、落とす。4mまで上げて落とすという作品をつくって。最初は1億円分つくろうと思ったんですよ。そこで「両替して下さい」って、日銀(日本銀行)に行ったんです。
ーー日銀に直接?
直接。そしたら日銀は「一つの箇所にそんなに集められると、経済に支障をきたします」「2000万枚もその場所に留められると困ります」って言われて。「じゃあ、いくらまでなら両替してくれるんですか?」って聞いたら、「200万円までなら」って。秋田に日銀の支部があって「そこにある分だけ全部持っていきます」って言われて、200万円分両替しました。そういうことがあって。
ーーそもそも大平さんは木を掘り出して形を作っていくっていうが、作品のつくり方だと思うんですが。普段からそれ以外のメディアを使って、インスタレーションの作品をつくったりもしてるんですか?
そうですね。結構インスタレーションの作品は多いかな。彫刻って、立体なんで。日常の、我々がいる空間にあるものなんですよね。
ーー影響を及ぼす。
影響を及ぼす。そう、額の中に収まらない。だからどんなに木を彫ったとしても、空間に置かないといけないので。空間に置くってことは、インスタレーションなんですよね。だから「彫って置く」のか、「持ってきて置く」のか。結局最後はインスタレーションになっちゃうので、どっちでもいいというか。
ーーじゃあ彫って置くときも、空間的を考えながら造形していくという感じなんですか?
これは彫刻においてはメジャーな話なんですけど。例えば、木を一つ持ってきて彫るということは、木の量自体はどんどん減っていくじゃないですか。その時、周りの空間はどんどん広がるんです。粘土の場合は、粘土をつけていくと彫刻は大きくなるけど、空間は狭くなっていく。それと同じで瓶でも缶でも持ってくると、その空間を削る…っていう。空間を彫刻しているイメージです。
ーーなるほど。場所とか状況によって、つくるイメージも変える。いわゆる「彫る」彫刻もあれば、空間彫刻という意味でインスタレーションを行う場合もあるんですね。鶴岡のときのように、最初のテーマは稲穂から始まったけど、五円玉を使った違う展開の仕方に、どんどんひらめきが変化していくような感じ。そこの基準にある、つくる時に選択していくとか、新しいひらめきをしていくうえで担っているものとか…自分の特性みたいなものを、ご自身でどう分析されていますか?
色々考えすぎておかしくなっちゃうことが多いんで。わりと、衝動を大切にするようにしているんですよ。衝動ってすごく大事で。結局、最後はそれに理由をつけていく仕事みたいになっちゃうんで。衝動が残っていくものを作品化するというか。昨日考えて今朝起きて忘れてるようなことは、大したことじゃないけど、3年、5年経っても「あの時の衝動を覚えている」みたいなことを作品化していく。それが10年後、100年後もつづくといいなと思って作品化しているというのもありますね。
ーーそれは最初からずっと、そういう考えでしたか?
いや、最初は結構、衝動に対する理由づけの方を重視してたんですよ。例えば美術の文脈ではどの位置にあるかとか、まわりの世界とどう関係しているかを凄く考えて。逆にそっちがテーマになっちゃうみたいなことが多くて。それってあんまり面白くないな。結局、最初の衝動がありきなんで。最近はそっちを大事にして。理由は自分が考えるか、誰かが考えるかわかんないけど。いい作品であれば、何かでてくるみたいな。
ーー最近、僕もそれに関しては共感できます。文脈がなければいけない。「…ねばならない」で考え始めていたきらいがあったんですけど。結局、強烈な直感でに動かされたものって、さっき「理由づけは後からできる」とおっしゃったんですけれども、いくらでも、そこに文脈がついてくるなと感じましたし。他の部屋を手がけたアーティストに話を聞いても、ジャンルはばらばらですけど、共通点はそういうことなのかなという気がしています。
ーー作品のキャプションに「ご縁が繋がってゆく」ということも書かれています。そこはアートディレクターとの相談のうえでもあったと思うんですが、今回の作品における五円玉の位置づけや解釈で思うところ、補足したいことはありますか?
今回は、ゲストが作品に参加できることがポイントだと思うんですよね。五円は五円玉であって、願掛けで神社や寺に投げる。「新しいご縁とか、良いご縁がありますように」って。それがホテルという媒体に合っているなぁと思っていて。ホテルって、一度行ったら終わりみたいな印象があるんですけど、前に来たお客さんと次に来たお客さんがつながる何かがあれば面白いなぁと思って。「ご縁」と「五円」をかけてみました。
ーーゲストに五円玉を貼ってもらえる仕組みになっていますが、貼るという行為の中で、注意点などはありますか?
注意点はないけど…好きに貼ってほしいけど。なるべくいっぱい貼ってほしいですね。一個、二個だけ貼っても、感覚ってわかんなくて。多少辛くないと面白くないというか(笑)。農作業みたいな感じである程度の汗を流さないと、ビールが美味しくないみたいな。
ーー大平さんの普段の制作について聞いていきたいんですが。最近制作したもの、テーマにしているもの、マイブーム的なことはありますか?
最近はね、逆さまにすることをテーマにした作品が多いかな。
ーー物、自体を?
物を。車でも壺でも、物を逆さまにするというのと。あとは、パイナップルブームがきてます。
ーー果物の?
パイナップルが今、いいなぁと思っていて。彫刻の題材として。
ーー聞けば聞くほど…その都度、その都度の反応、自分のリアクションを信じてつくってるがゆえに、一個のことじゃなくて、色んな要素が見えてくる。
そうです。みんなに「なんで逆さまなの?」「なんでパイナップルなの?」って言われるんだけど、うまく説明できない。今は逆さまにした作品をつくって、パイナップルが入った作品をつくっていて。「なぜパイナップルなんだろう」というのは、自分でつくりながら考えているみたいな感じですね。
ーーでは質問を変えて。直感的にこれは面白いと思う感覚や衝動というものは、どこから生まれてくるのか、人間にとってどういうものなのかという考えはありますか?
なんだろうね。例えば、一目惚れの離婚率が低いみたいな。それって外観的なことじゃなくて、内面まで見えちゃっていると思うんですよね。それと似たような感覚というのかな。
ーーすっごくわかります。多分、伝わりますよね(笑)僕も最近、テーマなんですよ。言語的な解釈とか、思考よりも、潜在意識と顕在意識っていう考え方でもいいかもしれない。実際、思考って後付けで。もっと根本的な理解というか、キャッチする能力は思考からきている訳じゃないから、それをどれだけ忠実に拾い上げてそのまま出せるか。インタビューしながらこんなことを言うのはあれなんですけど、本筋的なものを言語化するのは無意味なことなのかなと思ったりもします。
ーー同時に作ることとは、大平さんにとってはどういう行為なんでしょうか?
直感は直観でも、色んなジャンルの人と色んな仕事をしていて。素人の直感はやばいと思っているんです。その人なりに蓄積をして、経験を経て、到達したときに直感が使えると思っていて。そこに至る前に直感するとやばいことになる。ただの崩壊みたいになちゃうと思っていて。自分の直感を使えるようになるまで結構な時間がかかると、最近思っているんですよね。
制作は…制作ねぇ。直感がどういうことだったのかを、確かめるための作業なのかもしれないね。
ーー「goen no ma」に宿泊されるゲストへ、メッセージをお願いします。
この度はご宿泊いただき、ありがとうございます。ぜひ、五円玉をたくさん貼ってください。そして次に五円玉を貼ってくれる人を、呼んでください。五円玉に名前を書いてもらってもいいかもね。