このカラフルな部屋は、コントローラーによって空間が様変わりする。ベッドとベッドの間にある、1から12まで番号がふられた照明コントローラー。ぜひ、あなたが好きな番号を押してみてほしい。

自動的に変化する光に緻密に彩られた壁画が反応し、空間が呼吸するようにうごめく。501では地に足を下ろした恐竜、601では宙を泳ぐ龍が壁に描かれている。ゆっくり絶え間なく変化する空間演出は、あなたの心を落ち着かせ、昼の穏やかさ、あるいは深海で感じる神秘さを体験できるはず。

ここでお気に入りの照明にセットしたら試してほしいことがある。まるで日光浴をするように、ベットに寝転びながら空間を見上げてほしい。お尻をベッドにどっしりとおしつけ、身体が包み込まれるように…。この体験こそ、作者が意図するこの部屋での贅沢なのだ。

なぜアーティストMonはこの体験をつくったのか?ここからは彼に解説を委ねようと思う。

ーー自己紹介をお願いいたします。

Mon Koutaro Ooyama(モン コウタロウ オオヤマ)です。501、601号室「NEXTEFX」という二つの部屋を描きました。

ーーMonさんの大きなサイズのペインティングは、特に知られている作家活動なのかなと思います。アーティストとしてのご自身の活動を、もう少しご紹介ください。

さっき言ったように大きな壁画をよく描きますね。いわゆる「ミューラリスト」と呼ばれるような作家活動が軸にあって。でも僕は元々は、ライブペインティングをずっとやっていました。

ーー人の前でパフォーマンスしながら、絵を描くという。

2020年の今、ライブペインティングをする作家はいますが、僕らがライブペインティングを始めた2001年は、クラブカルチャーの一環だったんですね。クラブで「VJ」とか、「デコレーション」などの表現の並びにライブペイントがあって。音楽とが大音量で流れている中で祝祭空間というか、日常とかけ離れた空間の中で一晩で絵を仕上げるというパフォーマンスをやっていましたね。それがスタートしたのが2001年で、まさにここ京都で「DOPPEL(ドッペル)」というチームを始めたんですけど。

ーー二人組のライブペイントユニットですよね。

そうですね。当時は雑誌の影響がまだ大きかったので。日本でのグラフィティの進化の様子が、「STUDIO VOICE」などのサブカル系の雑誌に載っていて。それに影響を受け始めた僕らが、ライブペイントを主軸に、バンドのような二人組の編成でスタートしました。

ーー日本のライブペイントというシーンにおいて、「DOPPEL」はパイオニアだといえるグループでしたね。

当時は、他にいなかったですからね。今みたいにYouTubeやSNSがなかったんで、検索で何かを知るというツールがWebしかなくて。だから僕らは雑誌の影響で、自分たちが住んでる街で始めただけだったんです。それが京都。ちょうど芸大に通ってて。2004年に、「mixi(ミクシィ)」がスタートしたんですよね。2006年だったかな、2000年代中盤。そこで初めて、他にもライブペイントをやっている人がいることに気づくんですよ。

ーーmixi、偉大ですね!

mixiに日記を、みんな書いていて。ほとんど同時多発的に、日本でライブペイント活動をやっている人たちを知って、ライブペインターのツアー企画みたいなものをスタートしました。そこでつながっていって、ゆるやかにライブペイントのシーンができていくんですよね。そこから僕は大きい壁で壁画を、企業案件や友達の店で描き始めて。世界のストリートアートの流行が、イリーガルなストリートアートからリーガルなミューラルに移っていく変遷の時代でもあって。僕もそれに感化されて、大きな壁画を描くようになっていった。

ーーミューラルというのは「壁画」という意味ですね。だんだん市民権を得て、合法的なものになっていく過程の中にいたんですね。

そうですね。ストリートアートがグラフィティから、色んな形へ派生していった変遷の時代を、生きてきたという感じですね。

ーー今回の部屋は「NEXTEFX」というタイトルで二部屋をペイント+α、空間表現という形で作っていただきました。どういったことを最初に考えてスタートしましたか?

部屋全部を描いているわけですけれども。「部屋を全部描く」という大元のインスピレーションは、ライブペイントシーンの中で絵を描くということと、音楽に包まれるということを比べて考えることが多かったことからきています。音楽というものは湿度や温度とかぐらい、ボディに直接影響があるというか。目をつむっていても、耳を塞いでも体が振動するぐらいの空間の支配力がある。ライブペイントっていうのは、描いている方に目を向けなければ気づかれなかったりする。そういう意味で、視覚はばっと一瞬で広がるインパクトはあるけど、見られずに終わる弱さも同時に持っているなぁというところから。部屋全部に描いて見る人が絵の中に入り込むような、そういうシチュエーションをつくったらどういう風に感じるかなと思ったのが、最初のアイデアです。

「NEXTEFX」の「EFX(エフェクツ)」は、音楽用語のエフェクター。「NEXT」で、壁画とかライブペイントの「次の表現」という意味を込めて「NEXTEFX」というタイトルにしました。

ーー501号室に移動してきました。こちらのペイントについて改めて解説していただきたいと思います。

501号室は「NEXTEFX -Abstract Saurus-(アブストラクト サウルス)」ですね。大きい足…ブロンドサウルスとか巨大な恐竜の腹の底に潜り込んで、そこから見上げているというような大きい構図があって。601号室の「Abstract Dragon」の方は、空の上というイメージがあったんですけど。サウルスの方は水平線というか、見通しのいい、向こう側まで続く地平線があって、そこにめちゃめちゃ大きい動物が立っているという感じですね。

ーースケールが計り知れないですよね。地平線の遠さから、足のサイズから。

「Abstract」なんで、はっきりした恐竜の顔とかそういうものはないんですけど。足の下から上を見上げたら、全然違う世界が広がっているっていうような物語ですね。

ーー恐竜の腹の内側に吸い込まれそうな穴というか、鉱物が埋め込まれているような、異次元に繋がっているような、そんな気がします。

部屋の照明のLEDの青色にブラックライトっぽい性質があるので、蛍光色がひっかかって光るんですけど。それを利用して、恐竜の腹の内側にクリスタルのような鉱物のようなものが光って見えるっていう効果もいれて描きましたね。

ーー601号室のドラゴンに比べて、コミック、漫画のようなタッチの印象を受けます。

大きい構図を太い線でつくりたかったというのがあって、それが少しコミックらしさに繋がっているかもしれないですね。足のまるっとした表現とか。大きい主線と細かい筆のタッチとかっていうものを、対照的に変えたりしていますね。

ーー今回、BnAで作品をつくるとなった時に新しい試みであったりとか、ここのオリジナリティはどういうところにあるんでしょうか?

ここはなんせ人が寝るところなんで、アートを鑑賞することとリラクゼーションが、一個の空間にあるというのが大きいコンセプトでしたね。鑑賞者は必ず寝るので、寝た時の景色っていうのを。それから寝るとき以外の日常空間の視点っていうのを、部屋の中でいくつか設けて。どの視点に立っても絵になるように、あえて中心を設けない構図にして描いたという感じですね。

ーーライブとかギャラリースペースの時は、強烈に中心に向かわせたり、色も極彩色で激しくというところから、ここは色んなパターンを想定して。

そうですね。ちょっとあんまり激しすぎても寝れないんで。不思議と心が落ち着くっていう非日常感がありながら、ちゃんと夢にいざなってくれるようなところが描けたらいいなという目標で描いていました。

ーー最初にMonさんと打ち合わせした時に、日光浴のような体験に近いかもしれないって言ってて。なんかその環境…ポカポカっていう意味じゃなくて。

それはあるんですよね。日光浴は、極彩色がつくる体験を表すのに使った言葉ですけど。とにかくハレーションしてるんですよね。どこをみてもちかちか光っているっていうのが、ちょうど昼間の日光浴で、太陽の光に包まれて、きらきらしている感じに思えてくるんですよ。

ちょうど壁画を描いているときに、夜中の作業でも体が昼のモードになったりとか、ちょっと不思議なかんじになったんですよ。そのことを思い出して日光浴という言葉を使ったんです。

ーー色味が違う変化をしている照明も、試してみましょう。ガイドを聞いている皆さんも、ベッドの脇にある12個のボタンを切り替えると、違う効果がでてきます。

スピードとか、色の組み合わせでも結構変わるんですね。音楽もつくったりするんですが、音ってアタックとリリースで構成されているじゃないですか。

ーーアタックとは音が出る瞬間?

音が出るざらついた要素と、音が伸びるストリングスの要素が、大きくはね。本当はもっとあると思いますが。どの時間でどういうスピードで色が変わるかとか、どの色に移っていくかとか。わりとそういうことが落ち着く気持ちとつながったり、興奮する効果があったり、色々あるんじゃないかなと実験しながらこのLEDのプログラムをつくりました。

ーー作画の部分に関すると取り組みの考え方と、描いている最中のお話も聞ければと思います。

部屋全部描くっていうのって、スケッチがあんまりできないんですよね。「Abstract Dragon」と「Abstract Saurus」の二つなんですけど。601号室は龍ですよね。中心をつくりたくなかったので、あえて顔は描いていないですけど。長いモチーフがぐるぐるうねっているっていう、それだけ決まっていて。スケッチできないというのは、現場に来ないと画角が見えない、画面のサイズがわからないんですよ、立体なので。特に内側に描くから、キューブに外側から描くんじゃなくて、内側に描くものなので。結構角度によって長く伸びたり、短く縮んだりするんですよね、線も。このLEDライトが部屋全体に光を届けるために、天井がぼこぼこリフレクションがたくさんでるように、変わった形をしてるんですけど。

ーーMonさんの指示に従って、インテリアデザイナーがアンサーを返してという形で。実際に造作可能なユニークな形。影も意識されていたので、完全にシームレスじゃなく絵と天井そのものも作品という風に捉えてるんですけど。

そのおかげで水晶のような造形が、作業開始してから決まっていったんですけど。他にも作業開始してから決まることが多かったですね。構図も入ってから決まったし。構図の視点もベッドに寝るとか、入り口に立つとか、シャワールームに立つとか、5カ所ぐらい設けて。その5カ所から見て、線を決めていくというような感じですね。

ーーこれまで経てきたアーティストとしての道の話に通じてくると思うんで、振り返りながら話してほしいんですが。ライブペイントの黎明期から次に、どうやって繋がってくるんですか?

SNSの登場で、ゆるやかなシーンが出来上がっていって。当時、壁画を描くという仕事も全然なかったんですよね。最初のうちは、広告案件とかが食いぶちになってきて。ストリートアート自体は、ファッションや広告案件でも認知され始めてきたんで、そこの仕事をいただいて暮らしていくっていうのが始まって。ストリートファッションの知り合いのお店の壁に描かせてもらったりしているうちに、Facebook Japanのオフィスからオーダーが入るとか。新しい企業が、新しいスタイルのアートを求めてオフィスに壁画を描くみたいな、そういう潮流が生まれてくるんですよね。そういうところから、壁画の仕事が増えていって。

当時はこんなに増えると思っていなかったですね。以前の僕たちは「大きい絵を描きたいけど、描く場所がない」という気持ちを消化するために、ライブペイントをやっていたというところもあったんで。グラフィティの連中はもちろん外で描いていたんですけど、その状況が変わったというのもありますね。

ーーそういう中でどういうアプローチをして、次に向かっていくことになるんでしょう。

自分たちは昔から繋がりがあった方々から仕事をいただいたり、もちろん新しいディレクターの方から仕事をいただいたりもしたんですけど。その中には「DOPPEL」としての活動を覚えてくれてたりして、そういう人たちが自分たちのアートを保証してくれてたという格好で、仕事がまわってくるというか。やっぱ人の縁で仕事をもらっていましたね。あとは自分たちでSNSを発信していって、知らない人にも届いていったり。

ーーミューラリストは、活動家という意味ではアーティスティックな側面もありつつ、クライアントが存在するデザイナーに近いようなアプローチもする。絵描き職人のような仕事もする。間にいる難しい生き物というところもあると思うんですが。壁画というものに対しては、どういう落としどころなんですか?

けっこう色々考えるんですけどね。アメリカと日本で全然違うのは、「個人の在り方」が一つありますよね。大勢の人が「個人」というものをどう把握しているか、という違いがすごくあって。個人がちゃんとあるアメリカのような社会では、「この作家はこういうスタイルだ」というのが通用するわけじゃないですか。だけど日本は世間の方が圧倒的に力を持っている。そういうバランスの社会なので、個人よりも世間を納得させる方が重要なんだと思います。

壁画っていうのは、公に開かれた所に描くことが多いので、やっぱり世間と自分の表現との折り合いっていう問題に直面せざるを得ないというか。そういう風に考えていくと「日本の世間の中にある物語」とか「そこでOKとされる表現」を、どう自分の中に引き込んでいくかという風に考えるようになったんですよね。それで自分がすごく考えるようになったのは、日本の世間というものに、物語とか心象風景とか、深層心理みたいなものがあって、それがどういう形をしているのかを探ろうとするというか。

ーー歴史的なルーツを探ろうとすることなんですか?

それとも違うんですよね。

ーー日本の社会の現象をみていくような感じなんですか?

難しい言葉を使うとそういう風になっていくと思うんですけど。例えば既に許されている例で言うと「キャラクター」があるじゃないですか。

ーーキャラクターが許されてるって、ぶっ飛んでると思いますけどね

だけどこんだけ数がある以上、理由があるはずだって思うんですよね。振り返ると土偶とかもキャラクターっぽくないですか?埴輪とか。お地蔵さんとか、ああいうのもキャラクターっぽいし。そういうルーツは昔につながっているんですよね。

ーー 擬人化とか…

漫画表現も、昔の絵巻物に繋がるし。そうすると、平安時代からずっと続いてる表現なわけじゃないですか。そういうものが、壁画を軸に見た時にどことくっつくのかなぁというのが僕の考えてる筋で。そこをちゃんと捉えたら、日本ならでは文化になっていくと思うんですよ。

ーーなるほど、ルーツがしっかりあるところに、流れが見えてくる。未来も見えてくる。

それは世間に出しても、みんながOKを出すものに違いないだろうということですね。ところが急にストリートアートが盛り上がったっていう背景は、おそらくそういうところとは切り離されているんやと思うんですよね。企業の力によって、流行としてストリートアートがあるから。あんまり、地に足がついていないような感じがするんですよ。だから僕の目標値としては、漫画のような、ちゃんと日本の文化に根付いた今の世間でも納得する物語にちゃんと触れながら、自分の中を通して探っていっているところです。もしも見つかればカルチャーの土台になるだろうし、普遍性を持つと思うんです、日本中では。同時にそれは海外から見た時にユニークだし、特別なものになるはずなんですよね。

そして、割とストリートアートで自然にやってる連中が、実は正解を持っている可能性があると思うんで。だからみんな、色んな立場で、色々やっているのが、そのままでいいと思うんですよね。

ーーこの作品が完成したときに、Monさんの現時点の集大成を見た気がします。経験もそうだし、活動について客観的に文化を捉えなおしたり、色んな視点も入りながら、この作品に結集してくる感じがしましたね。

ーー最後にこの部屋に泊まったゲストの皆さんに、メッセージをお願いします。

「NEXTFX」に泊まったゲストの皆さん、ありがとうございます。いかがだったでしょうか。皆さんがもつそれぞれの宇宙、それぞれの深層心理に、僕の絵がちょっとでも影響してくれるとうれしいなと思います。ありがとうございました。

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