「ラブホテル」。そこは遊びのために試行錯誤された、情熱的でカオスな場所。アーティスト・油野愛子は、その場所を「ただの性交の場ではなく、秩序を持った人たちが訪れ、独自のシナリオを細胞レベルで奏でることが許された束の間の楽園」であると解釈する。

入り口近くのコントローラーで照明を切り替えると、メタリックに彩られた立体作品、暗闇に光るネオン管…とシーンが移り変わる。丸いベッドに寝転んで、この束の間の楽園であなたは何を、誰を思うのだろう。

「Happiness(ハピネス)」を制作のテーマに掲げるアーティストが見る、自己陶酔とも、瞑想ともいえる不思議な夢。アーティストがこの場所で見つめたものは一体何だったのか。それをこれから語ってもらうことにしよう。

ーーまず、自己紹介をお願いいたします。

油野愛子(ゆの あいこ)、1993年生まれです。

ーー普段の作家活動では、どういった作品をつくり、どういった活動をしていますか?

普段は主に、インスタレーションをメインにやらせていただいていて。その中で彫刻立体作品や、最近は絵画も挑戦しながら、いろんなマテリアルを使って、色んな表現をしています。

ーー何か形が、固くないものも扱っていますよね。なぜ色んな素材を使ったり、色んなメディア、表現の仕方にトライしているんですか?

最近、絵画をつくり始めて思ったのは、絵画の面白さは、アクリル油画とか描く素材が決まっていて、そこを盛り上げたり、1つのマテリアルでいろんな表現ができるのが面白くて。でもその感覚って、今まで彫刻とかインスタレーションをやってきたから感じれたのかなと思って。もともとインスタレーションも、映画のワンシーンを見て「雨みたいな作品をつくりたい」と思って、「雨が印象的に使われているな」と。悲しい時もうれしい時も、重要なシーンのときに、雨を表現として使っているのが面白くて。

アルミホイルをシュレッダーで削って、雨みたいにザーッと降らすという作品を、学生のときにつくったんですけど。その時に、音が雨にも聞こえるし、拍手喝采のときの音、みたいな。その拍手っていうのも、今回のコロナの際の「医療従事者に拍手」とか、ネガティブなときにもポジティブなときにも合ったのかなと。

ーー今回のお部屋のタイトルを教えてください。

タイトルは私の生まれ年である「1993」というタイトルになってます。

ーーどんなお部屋なんでしょうか?

元々このホテルをつくるというお話をいただいたときに、私すごく、ラブホテルというものに興味があって。

ーーホテルといえば、ラブホテルかなというイメージが浮かんだんですか?

いや、もっと欲深い発想というか。アートルームをやると聞いて、そのコンペに出したときに、どうやったら強いイメージを残せるかと思って。 ラブホテルって異質な感じじゃないですか、今の時代。元々興味はあったので、ラブホテルと自分の作品を合わせたら、もっと面白いんじゃないかなと思って。まずは応募しました。

ーー見事に打ち抜かれましたね。「ラブホテル」って言ってるよ、いきなり触れちゃってるって。初見からこれで行こうって思っていました。油野さんのラブホテルに持っている思いを聞かせてください。

人の欲望というか、欲求って死ぬまで絶え間なくつづくことだと思っていて。永遠に自分のユートピアじゃないですけれども。よろこびを継続しようと、色んなものを買ったり、要求を消化している…みたいに思っていて。ラブホテルっていう意味を小さい頃は知らないですけれど、どういうものかを知るわけじゃないですか。でもそこには「大人の遊園地」っていうかそういう感覚があったときに、「ラブホテルコレクション」をとある本屋さんで見つけて。すごくそれに惹かれたんですよ。60年代のバブル期に、忙しい現実とは離れた異世界に行けるところという表現があって。著者も「大人の遊園地」だと表現していて、共感ができて。私もそういう世界がつくれたら面白いなって。それは映画のワンシーンとかから、自分の作品の発想をつくっているというか。「一瞬の儚いよろこび」とか、「つづかないもの」というのに通じるなぁと。ラブホテルの一夜限りのということとか…。朝になると現実が来るみたいな。

ーー強烈な快楽というイメージもあるけど、儚いイメージもセットでもっているというのが、ラブホテルの印象としてあると。それがあるから、つくりたいものになったということだったんですね。

ーーキーワード的に「ラブホテル」を置いて、具体的にどう表現していこうかと考えたと思うんですが。どういうところを切り口に、考えていきましたか?

まずはパッとみて、ラブホテルじゃないイメージが欲しかったんですよ。海外の人が来てもアトラクションみたいに、遊び感覚があるように受け取ってもらいたくて。海外の人にとって、そもそもラブホテルの捉え方はどういうものなのかなと思ったんですけど。海外はマリリンモンローみたいな…ワイングラス、ショットグラスがバスタブだったりとか、もっとすごくて。海外の面白さも取り入れたいと思って。最初は部屋の中に、私が普段ドローイングしている立体的なベッドをつくるイメージをして。最終的にそれは実現できなかったんですけど。そのドローイングを額縁に入れて、見たときに想像できたら思って。そこがアートとしての入り方もできるのかなって。

ーー最初はベッドなんだけど、構造物をイメージしたんですよね。

わざわざ上って寝る、とか。ラブホテルみたいに、最終にもっていくところまでに遊びをちょっとつくりたくて。

ーー象徴になるようなものをつくろうとした、ということから始まって。結果的にベッドは、円形の形になっていますけど。現状できあがったものに対して、決定したこと、省いたものもあるだろうし、新たにつくっていったという流れもあると思います。今、できあがっているものに対しては、どういう風に感じていますか?

この円形ベッドは、日本の「THEラブホテル」というものだと思うんですけれど。モルタル塗装にしたのは、現代的に受け入れやすいのかなというところと、絨毯は祇園の飲み屋さんとか老舗のお店に置いてあるような絨毯を選んだんですね。知る人ぞ知る、京都っぽさだがあるのかなと思って。結構、素材感とかも異質…相容れない感じ。ケンカしそうだけど、ここにあるからすごく落ち着く。私は落ち着くんですけど。

ーーそれは感覚的に選んでいったんですね。そうすると一個一個、素材を「これなら合う、合わない」みたいな感じで確認していったんですか?

そうですね。そこはやっぱり作品をつくるときと同じ感覚で、あんまり迷わなかったですね。「これや!」みたいな感じで決めていきました。

ーーそこに、あまりロジカルな解説はないですか?例えばこの花柄の絨毯は、祇園にある…みたいな。他にもあればお聞きしたいんですが。

やっぱり、ゴージャスさが欲しくて。つくるなら「金色の壁が欲しい!」って思っていたんですよ。絨毯を選んで、そしたら派手さは欲しいんですけど、大人な…やんちゃなものには…色々なことを考えて、最終的にこの配色になったんですけど。
この正面にあるネオン作品、これ何て描いてあると思いますか?

ーーえーっ、なんだろうなぁ。英語?ローマ字?わかんないですねぇ…。愛とか?

「Heaven」って描いてあるんです。ずーっと走り書きで、消すみたいに「Heaven」って描いて。最終的にいいなっていうドローイングをネオンにしました。部屋の照明を全部消して、この文字の灯りだけを点けることができるんですけど。そのときに、部屋全体が真っ赤になるんですね。そこがやっぱり、ラブホテルの熱さというか、急に世界が変わるっていう面白さの一つでもあるのかなって。

ーーちょっとやってみましょうか。皆さんも入り口にボタンがあるので、そこで照明が4パターン切り替えられます。4番ですね、真っ赤になりました。

作品も見えないんですけど、このネオンだけに集中して、色んなことに集中できて、面白いんじゃないかなって。このネオンを文字だと気づく人はいないんですけど、何が描いてあるのか、想像してもらえたらいいなぁと。

ーー1個1個のポイントや、決まっていく経緯はあるんだけど、わりと感覚的に決めていった部分もあって。それを一つづつ説明するというよりは、見る人が自分で感覚的に受け取ってくれればいいな、というのがこの部屋の楽しみ方なんでしょうね。

ーー部屋の奥にある大きな立体的作品。これについて解説をしていただければと思うんですが。

普段は色んな素材を使って実験をしていて。その中でシルバニアファミリーの、この作品をイメージしたんですね。そのときは絵具を内部から入れて溢れ出させる、というものをイメージしてつくったんですけど。家をビルみたいに縦に繋げていくときに、素材だけで縦に繋げていきたかったんですよ。そうすると絵具だけでは脆くて、つくれなくて。そのときに発泡ウレタンという素材で試してみたら繋がるし、化学反応で面白いぐらい膨らんで。意図しない形になるのが、面白くて。相性が良かったので。

ーー自分のつくりたい世界にはまる形だったということですね。意図しない形に、ぶわっと膨らんでいくんですか?

そうです。私もびちゃびちゃにかかったりしながら。

ーー過酷な制作現場なんですね。そもそも「家をビルのように積み上げたい」という欲求は、どこからきているものなですか?

人間の幸せ、欲求とか欲望とか、そういうものに興味があって。家って象徴的なものがあるのかなと思ってて。高層ビルに住みたいとか。家がビルになっている。

ーー家が高く積まれていくことが、欲望の象徴みたいな感じになるんじゃないかと。

ーー油野さんは京都在住で、大学もアトリエも京都で、作品の素材にも京都のエッセンスがありましたけれど。京都の好きな場所はありますか?

買い物でデパートに行くのも好きなんですけれど、古着屋さんがすごく好きで。「コトバトフク」っていうお店があるんですね、河原町の方に。そこの店長さん、女性の方なんですけど、すごく親しくさせてもらっていて。その人と出会って、アートとかファッションとか、カルチャーとか。最近お互いが感じていることとかをすごく話すんですけど。買い物に行くよりも、その人と話しに行く。一番好きな場所なんです。

ーー普段はどんな暮らしをしているんですか?

アトリエが嵐山の方にあるんですけど。そこにある大きい工房を間借りしていて。色んな作家とか、表現者の人がいる場所に私もいます。制作の時はアトリエにいるんですけど、言葉とかイメージを考えるときは、家に引きこもっちゃって。元々人としゃべるのは苦手で、ただ派手なものが好き。学生の時に「明るい不登校」って言われていて(笑)。何かそういう感じ。

ーー部屋にもそれが現れているかも、しれませんね。

やっぱりパーソナルな部分は、慎重に捉えてるのかなって思います。作家として。一人で泊まってもいいし、誰か親しい人と来ても面白い部屋にはなってるんじゃないかなって思います。

ーー最後にこの部屋に泊まりに来た人にメッセージとか、何か伝えておきたいことがあればお聞きしたいのですが。

ぜひ、朝まで楽しんでもらいたいですね、照明とか。こんなに作品と直に触れる機会は、普段だとないので。外だと触っちゃいけないとか、距離感があると思うんですけど。こういう部屋だと「触らないで下さい」と言っても触りたくなる作品なので。度が過ぎない程度に、楽しんでいただければいいなと思います。

ーー作品を質感を伴うものとして楽しめるというのは、このホテルの醍醐味だと思います。ガラスケースの向こうにある情報ではなくて、目の前にある臨場感と、長い間向き合えるということは、他ではできないことですよね。

Next Contents

Select language