部屋の扉をあけると、懐かしい畳の匂いがする。この部屋は、団地のとある一室を表現している。日本のオーソドックスな集合住宅である団地の世界観と、カプセル型の未来的 住環境をミックスした、遊び心満載の部屋。「2001年宇宙の旅と昭和日本の掛け合わせ」そんな発想から生まれたのが、このガラパゴス団地という作品だ。

部屋の中にはいたるところに楽しい仕掛けが仕込まれている。
真ん中にどかんと設置された「団地ボックス」と呼ぶ箱型の展開式ベッドは、両開きのベッドだ。蝶番を外すと、ベッドが現れる。ベッドの間の空間にはめ込まれた板を外せば、机が出現する。室内にある写真集も、ぜひ手にとって読んでみてほしい。

部屋の高い位置にかけられたオリジナル時計は、1分毎にめくり表示で時刻が変わる。特定の時刻には時報が作動する。 時刻になると壁に映像がうつしだされ、時計がいきなりしゃべりだす。

くすっと笑ってしまうような仕掛けが随所にあふれるこの部屋を手がけたアーティスト水口グッチ。彼はミュージシャン、イラストレーター、またはユニークなイベントプロデューサーとして関西を中心に活動するアーティストだ。ガラパゴス団地は、彼の広い人脈から生まれたアート集団「ガラパゴス団地アベンジャーズ」によって作られた。どんなことにインスパイアされて、この部屋を作ったのだろうか。さっそく、話を聞いてみよう。

ーー自己紹介をお願いします。

わたくし、ミズグチグッチと申します。この「ガラパゴス団地」をつくりました。

ーー普段はどんな活動をしていますか?

普段はミュージシャン、音楽というところでは「赤犬」というバンドとか、「みにまむす」というバンドで活動をしています。大所帯だったりするんですけど、日本全国、あちこち行ったりしておりまして。そのバンドのアートワーク、チラシとかTシャツとか、そういうものを制作したりしています。あとはイラストや切り絵をやったりもしますし。工作のワークショップで全国をまわっています。

ーー自分のことを一言で表現するなら?

エンターテイナー、人生のエンターテイナーですね。

ーーアートワークやグラフィックは、音楽がきっかけで徐々にやるようになったんですか?

元々は、レコードジャケット、CDジャケットとかを描きたいから、バンドに入ったというのが目的だったんです。ミュージシャンになりたいと思っていないし、思わなかったし。ミュージシャンに、なれたのはよかったですけど。


ーーグッチさんの作品空間として、この部屋をつくっていただきましたけど、他にも色々な作家さんがこの部屋に関わっていますよね。その人脈はバンド活動の中でつくられていったんですか?

バンド活動というか、大学の友達ですね。大学時代の同級生が大工さんをやっていて。日本家屋をつくる大工なんですけれども。この部屋は元々、コンクリートで。そこから日本風につくるにはどうしたらいいかというところから、その友達が計算してくれて。「床の間がほしい」と言ったら床の間、「鴨居がほしい」と言ったら鴨居。「だいたい、下から170cmのところですよ」とかも全部計算してくれて。柱も。いらないもんね、本当は。昔の日本家屋は、機能している。ここは機能していないけど、見栄えとしてそういうものをつくってもらうために、友達に協力してもらったり。

この部屋は団地をイメージしてつくっているので、「人が生活している空間」っていうのをそのまま体験してもらえるようにつくりたいんですよ。だからどんどん劣化していくのもいいし、経過していくのもいいし。傷がつくっていうのも生活のひとつだと思えるし。柱とかの素材の色が褪せていくのも、ぼくはそれが素敵だなと思うし。知らないうちに誰かの成長の…1歳のとき、5歳のとき…というように柱の傷がついていっても、ぼくはそれがいいなと思うし。そうやって生活の跡を残してくれると、ここが生きてるな、活性していくなと。

ーー時間の経過とともに、団地が進化することを期待しているんですね。

期待してますね。

ーー部屋のコンセプトともリンクしてきましたけれども。「ガラパゴス団地」というタイトルで、団地をテーマに「ガラパゴス」という言葉も入っていて。色々なテーマ設定ってあったと思うんです。なぜそういうものにしたかったのか、どういうものか説明をいただけますか。

当初、インバウンドのお客様が泊まりに来るホテルだというお話を聞いていたので。今はどこの国のホテルに泊まっても似たような形が多いし。そういうことより、日本の特色を出して日本で生活した感じを楽しんでもらえるような。生活感のある部屋を提供してみたくって。

ーー普通のホテルは、生活感を消していきますよね。

逆に生活感があった方が面白いんじゃないかなと。ぼくは今年で48歳になるんだけどその子供のころに見ていた風景は、やっぱり団地かなというところで。下町とか団地に憧れもちょっとあるんだよね…というのは、ぼくはマンション育ちなんで。

ーー団地の思い出、とかじゃないんだ。

そういうところはステレオタイプな感じがあるよね。憧れてるものこそ、どんどん掘っていくじゃない、やっぱり。色とか、そういうところにも「これぞ団地だろうな」っていうオレンジと黄緑を使ってみるとか。それって70年代の家具とか電化製品。昔はプラスチックの素材が良質じゃなかったから、オレンジとか黄緑にどうしてもなっちゃうらしいんだけれども。そういう色を8階と10階の両方の部屋とも基調にして、そこからスタートしてみるっていうのを思いました。レトロなんだけど、ただのレトロじゃない。普通のレトロポップじゃ面白くないなということで「レトロというものを架空でつくったらどうなるか」という。架空のレトロなんだよ。ぼくも団地を経験していないから。

インバウンドの人がここに来て、「日本って面白くて、なんか奇妙な色合いだった」「でも、日本で生活している人の空間に触れたよ」っていうのを、自分の国に帰って友達にしゃべってくれて、なんか面白かったよって言ってくれたら。でも友達から「お前が泊まった場所の映像が一つも出てこないんだけど、本当に日本に行ってきたの?」みたいな。嘘みたいなファンタジーみたいな、「団地」っていうものをここで演出してみたいなって。

ーー1個ひねりたいというか。レトロというところとか、団地への憧れ。日本に来たから、日本らしいものを体験してほしいというとかがありつつ。それらを「自分のオリジナルですよ」と言いたいということも含まれているという。

そこがエンターテイメントというところですよね。

ーーベッドがしまわれている大きな箱…「団地ボックス」というんですね。

まずこのホテルのルールとして、ダブルベッドを2つ置かないといけないっていう。でも団地って、そもそも押入れがあって布団なんですよね。そこから西洋の生活に憧れてベッドを入れてみちゃったり。みたいなことが70年代、60年代はあったんだろうけど。よくよく思い出したら、ぼくが友達の住んでる団地に行ったときに、4畳半の部屋にベッドが無理やり押し込んであるみたいなことがあって。合わないんですよね。どうもうまく処理できてない部屋を何度か見た覚えがあるんだけど。それをもっと進化させたらどうなるかというところで。バカン、バカンって開いたらいいじゃない。ぼくたちが小さなころに使っていた、多面体の筆箱があったんだけど。表も裏もフタが開くみたいな。

ーーこれは海外にもあるんですかね。いわゆる文房具入れなんだけど、多機能なんだよね。

消しゴムが入るところとか、ボタン押したら鉛筆削りが出てくるとかね。あれをもっとでかくできるっていうのは、この機会しかないかなって。だったら、1つの箱にすべての生活ができる機能を押し込んじゃえば面白いかもしんないっていうので考えたのが、「団地ボックス」なんだよね。


ーー今、話しているのは801号室です。こちらは日常のスナップを、インパクトのある構図とかコントラストで撮影した写真が、ベッドの内側に張りめぐらされています。これは一枚一枚、見てほしいですね。

そうですね。

ーー最初はフタで隠れていて、開くと出てくる展示空間というのも…。展示空間というより、部屋にスナップ写真をペッぺっと貼っている感じですよね。

もっと言ったら、泊まりに来た人がスナップ写真を持っていたら貼って帰ってくれてもいいんだけどね。

ーーそれはめちゃくちゃ面白い。ありっていうことでいいですか?これは音声にのっちゃいますよ?

いいですよ!でも、ちゃんとスナップ写真ね、ちゃんと。シール貼られたらめんどくさくなりそうだし。すげぇ面白くなりそう。


ーー空間の説明と、ボックスについての説明を聞いていければと思います。まずベッドはストッパーを外して両方に開くと、ベッドが両側に一つづつ。その内側にスナップ写真、写真集が飾ってあったり。このボックスにある他の機能はどんなものが?

照明は日本特有の紐をひっぱったら、電気がついたり消えたりする和風なものをつけてみたり。昔はタンスの上にショーケースが置いてあって。そのショーケースの中に民芸品とか、旅の思い出とみたいなものを入れるスペースがあったんですよ。それは団地じゃなくてもあったわ。そういものをボックスの正面の面に入れてみたり。

ーーこの透明ケースの中が、そのオマージュなんですね。
今も新幹線に乗ったら、テーブルとか出てくるよね。前の座席から引き出すタイプの。そのようなテーブルを用意してみたり。

ーーフタになってるんだけど、開けるとテーブルになる。

「テーブルがあるんならイスもいるでしょ」ってことで、そこにイスも隠しておいて。引き出したらイスになったり。テーブルの奥には、水屋みたいな感じでコップが入っているスペースがあったり。冷蔵庫も収まっています。裏側には、ちゃんと服をかけるハンガーがあったり、ハンガーラックがあったり、スリッパ入れるところもあったり。金庫もあるよね。すべての生活に必要なものを団地ボックスにいれてみたという。

ーー説明書も部屋に置いてあるので、それを見ながら。その説明書のイラストもグッチさんが描いているんですよね。説明書を見ながら団地ボックスをぐるぐるまわってみながら、色々触ってほしいなという感じですか?

そうですね。これはけっこう遊べると思うんだよね。ダブルベッドの真ん中が壁になってしまっているから…隣の人としゃべりづらいだろうと思って、ここに穴を開けてみたりとかして。秘密の小窓をつくってみたり。

ーー窓越しに会話ができたり。ちりばめられていますね。小さなネタから、大ネタまで。

そうね。

ーー時計の話も伺っていいですか?

時計は、アナログ時計があるんですけども。「パタパタ時計」っていって。ぼくたちの子供のころは、普通にあったんですけども。デジタルじゃないんですよ、アナログなんですよ。時間を知らせてくれる表現として、レーザービームが肖像画から発射されて、何もない壁面にそれが照射されて、時を教えてくれるっていう。アナログに見えつつ、ものすごいアナログの演出が。あそこから発射されて、投影されるっていう方法なんですけれども。

これはちょっと逆なんですよね。逆っていう言い方もちょっとおかしいけれど。肖像画っていうのが昔の家にはあって。肖像画とかおじいちゃんの遺影とか、古い人の写真が鴨居のうえに並んでいるというのが、けっこう昔からある。それみたいなものをつけよう、この部屋には必要かなと思って考えたんだけど。ただの肖像画だけじゃ面白くないかなと思って。だったらそれに機能をもたせようと、時計にして。時計にするには時報が必要だよなというところから。目からビームが出て時刻を教えてくれたら、より面白いよな。だったらそれをつくるなら誰がおもしろいかな。じゃあ、電子工作ができるいいやつがいるわって別の友達を誘って。時間になったら目からビームが出て、何もない壁が急に何かあるようになる、という動きをみせる。これもエンタメですよね。

ーーこうやって無茶ぶりを受けたときに、楽しんでくれる仲間がいるすごい大きなことですね。

人材にはすごく恵まれてると思います。


ーー「ガラパゴス団地」というタイトルになっていますが、どういう意味なんですか?

「ガラパゴス団地」という言葉自体が、造語じゃないですか。あんまり聞いたことないですよね。もともと「ガラパゴス携帯」から来ているんですよ。ガラケーですよね。ガラケーって日本で独自に進化した、携帯電話…

ーーこれも和製英語なんですか?ガラパゴス諸島のいわゆる孤立した島の中で、勝手に育っちゃった文化とか文明みたいなことですかね。日本で独自に進化したという。

世界では「ガラパゴス」という言葉は、そんな使われ方をしていないですよね、きっと。でもそれがぼくは面白いなと思って。ガラケーっていう、日本独特の言葉。ガラパゴスと携帯を混ぜる、混ぜ方が二重三重になっているじゃないですか。それを団地にしたら…進化する団地っていう意味でも、意味が通るし、面白いかなと思って。

このガラパゴス団地が何かといったら、「進化する団地」。本当は、団地は70年代でストップしているんですよね。あとは老朽化していって、つぶれていく。もしくはリノベーションして。リノベーションすると、フローリングになったり、ただただマンションの一室になったりとか、西洋風の部屋にするということがほとんどなんだけど。今までせっかくつくった独特の文化を継承して進化したら、こうなりました!みたいな感じで、楽しんでいただけたらなと。その先にあるものはなんだ?というのを、ここで楽しんでもらえるかな。

ーー801と1001号室、2部屋の違いを教えていただけますか?

団地というコンセプトなので、間取りは一緒。皆さんも日本に住んでいたらわかると思うんだけど、家って住人によってカラーが変わってくるじゃない?

ーー間取りは一緒なんだけど、部屋の印象は全然違ってくるみたいな。

そういうところを楽しめたらな。すごいマニアックな楽しみ方だけれども。2つの色を基調にしていて、オレンジと黄緑色にしたんですけれども。オレンジ色を強めにした部屋と、黄緑色を強めにした部屋。オレンジ色を使っている801号室なんですけれども、住人がどういう住人かなとイメージしてみたら。家族構成が、お父さん、お母さん、大学生の元々あんまりイケてないお兄ちゃん、妹がいるのかな?ぐらいの4人構成。

ーー思ったより、結構いる!

核家族なんだけどね。そういうところで、ショーケースの中に家族たちが自分の好きなものをどんどん入れてるから。あんまり統一性があるようでないんだよね。お兄ちゃんの作ったプラモデルがあったり、お父さんお母さんが好きなアイヌの人形があったり、そういうばらけた感じ。カオス感が801号室にはあるんですけど。

1001号室は黄緑を基調としていて、オレンジよりは冷たい感じなんだけども。ここの住人は50代ぐらいの一人住まいの女性っていう感じをイメージしています。なんか冷たい感じ。なんで独り者なのかっていうのは、めいめいがストーリーを作ってくれたらいいなと思うんだけれども。何があったのかなぁ、何かがあったんでしょう、独りでいるってことは。ここに泊まりながら、それを考えてくれたら。

ーー最後に宿泊するゲストの人たちへメッセージをお願いします。

この部屋はガラパゴス団地と言っていますけど、最新のレトロが詰まった、最新の部屋ですので。自分達でどう楽しむかというのは、お任せしています。そこで共感で来たら、一緒に何かを楽しんでもらって、形を残してくれてもいいし。

珍しいと思うんですけど、ホテルの部屋の中に玄関があります。玄関で靴を脱いで畳の上にあがったら、それだけで異空間みたいな感じがするじゃないですか。そこからスタートなんで。あとは「ここは何になっているんだろう」と部屋の中を探りながら。でもどこかで自分が落ち着ける場所はあると思うんです。この空間の中で。それはベッドの上か、畳の上か、床の間なのか。それはわからないけれど、イスに座って外をみることでもいいと思うし。そういうところで「なんか懐かしいな」「落ち着くな」と思う場所で過ごしてもらって。

できれば家に帰って、最低5人の友達に「面白かった」ということを伝えてもらって、草の根運動的に広げてもらって。そういう楽しみ方をしてもらったらね。多分、口伝えでどんどん変な方向へいくと思うんだよ。そしたら謎が膨らんで、この部屋に泊まりたくなるかもしれないしさ。そんな風に楽しんでもらえたらと思います。

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