芦ノ湖のお祭り「湖水祭」の花火大会は、音が一味違う。花火が弾ける音が周囲の山に反響して、花火の音に身を包まれているような気分になる。この不思議な感覚に身を任せながら、今も湖の底に眠ると言われる龍について、思いを馳せてみよう。
芦ノ湖のほとりの森のなか、ひっそりとたたずむ九頭龍神社。この神社は、大昔に箱根神社を開いた万巻上人が、芦ノ湖に住み、人々を苦しめていた毒龍を鎮め、芦ノ湖を守る九頭龍明神として奉ったという言い伝えがある。
九頭龍神社は、車かバスで「ザ・プリンス箱根芦ノ湖」に行き、そこから1.2キロ、30分ほど歩くか、モーターボートをチャーターして行くしかない。しかし、毎月13日に開催されている月次祭には驚くほどの参拝客が集まる。その数、多い時には1000人。箱根神社の神職さんによると、毎月開催している月次祭にそれだけの参拝客が来る神社は全国でも極めて珍しいという。
決してアクセスが良くない九頭龍神社が大勢の人を惹きつける理由、それは「縁結び」。実は30年ほど前まで、月次祭に訪れる人は僅かだった。
しかし、良縁に恵まれる多くの参拝者や著名人が続出すると、たちまち口コミで広がり、縁結びのパワースポットとして知られるようになったのだ。
毎年7月には、今も芦ノ湖で人々を見守っていると言われる九頭龍明神を崇めるお祭り、「湖水祭」が行われる。このお祭りは、神秘的。箱根神社で儀式を行った後、箱根神社の宮司と、神楽を行う楽人(がくじん)、氏子総代、崇敬者と呼ばれる九頭龍神社を信仰する人たちが3隻の船に乗り、芦ノ湖を3周する。その後、夕闇のなか、宮司がひとり乗る船だけが芦ノ湖の中心に向かい、九頭龍明神へのお供物として、三升三合三勺の赤飯を納める。その場所は秘められていて、宮司以外、誰も知らない。
この厳かな神事の後に始まるのが、約4000発の花火があがる花火大会。芦ノ湖には1000個を超える灯篭が浮かべられ、空と湖が鮮やかに彩られる。そして、冒頭に記したように、山に反響した花火の音に身を包まれる。
目と耳が喜ぶ幻想的な体験をできるのは、この日だけ。ぜひ湖水祭に足を運んでほしい。
ON THE TRIP 編集部
企画:志賀章人
文章:川内イオ
写真:本間寛
※このガイドは、取材や資料に基づいて作っていますが、ぼくたち ON THE TRIP の解釈も含まれています。専門家により諸説が異なる場合がありますが、真実は自らの旅で発見してください。