明治時代になると、箱根の各温泉場の人々はいち早くこの新しい時代に対応し、私財を投げうって、道路や鉄道などの交通網の整備を行った。また、文明開化の風潮の中で旅館やホテルに西洋風の意匠が採用され、新しい温泉源も開発されるなど次々と近代化していった。明治25年、全国で2番目にできた水力発電所もそのひとつだ。国産の発電機を用いた発電所としては、全国初だった。その跡が、現在の吉池旅館の玄関わきにある。須雲川から取り込んだ水力によって発電した電力は、湯本と塔之沢の温泉郷に供給され、電灯200基に明かりが灯った。この発電所は、国府津駅から湯本駅まで電車を走らせるために、須雲川上流に大型の湯本発電所が建設されたため、10年足らずでその役割を終えたが、箱根の近代化を象徴する施設として記憶に留めておきたい。

また、この発電所の近くには箱根製糸場も建てられ、盛んに生糸を生産していたが、こちらも同じ頃に経営者の死去により閉鎖。この跡地には、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の弟で、2代目総帥の岩崎弥之助の別荘が建てられた。池を中心とする回遊式の広大な庭園に西洋館、日本館が建てられた豪華な別荘であったが、西洋館は関東大震災で倒壊、残る庭園と日本館は、現在吉池旅館に引き継がれ、現在も同旅館の庭園として保存されている。この岩崎家別邸は、国の登録有形文化財に指定されている。

Next Contents

Select language