傘は差しているときだけじゃなく、閉じて手に持っているときも楽しくさせてくれるものがいい。
くしゅくしゅとした質感は、まさに野菜そのもの。
後から縮む糸を織り込むという、本来は服の生地に使う技法を取り入れている。
ニンジンはよりニンジンらしく、白菜はより白菜っぽく。
野菜によって、それぞれ違った縮み方をさせているのがこころにくい。
そんな表現は、「生地を織って傘に仕立てる」というすべての工程を一手に担うハタヤだからこそできることなのだ。

ハタヤにしかできないオリジナルデザインの傘

絹の先染め織物を中心に扱っていた槙田商店は、ナイロンやポリエステルなどの化学繊維が登場し始めた1960年代、傘生地に特化した織物企業へと大きく舵を切った。糸を染めるところから始め、生地を織って、それを傘として仕立て上げるという工程すべてを一社でまかなえる、国内唯一の企業なのだ。

ハタヤにしか作れない傘がある。「絵おり」の傘を見てみよう。鮮やかに織り込まれた紫陽花や向日葵の花。傘の場合は、生地を三角のコマに切り分けて骨に着せていくのだが、そのコマとコマのつなぎ目に注目して頂きたい。なんと、縫い目をまたいで柄がきれいにつながっているのだ。これは、着物を作るときと同じやり方だ。傘地から派生して、服の生地を生産するにまで至った槙田商店では、傘の骨に、まるで和服を着せかけるように生地をまとわせる。そのため、万が一ひとつのパーツに傷や汚れが出てしまうと、替えが効かないのでリスクは大きい。それでも、これだけ贅沢に生地を使えるのは、織りを手がけているハタヤだからこそできることだと、5代目夫人槙田晴子さんは話す。

大胆な絵柄を表現できるように、槙田商店では新たな設備を投入した。最大180センチ幅の巨大な生地に自由なデザインが織り込める電子ジャカード機だ。この新たな織機によって、傘をキャンバスに見立てて、風景画を描くようなデザインも可能になった。

デザインという概念が薄かった時代からデザイナー職を置いていたのも槙田商店の特徴だ。近年に採用された若きデザイナーは、東京造形大学とのコラボレーション「フジヤマテキスタイルプロジェクト」に、学生として参加していた井上美里さんだ。井上さんがデザインした「菜 -sai-」という日傘は、槙田商店が得意とする、ストレッチをかけた生地を応用している。伸縮する糸を使ったこの生地は、防水加工をしてしまうと、その持ち味であるくしゅくしゅとした質感が出なくなってしまう。本来は傘に使用する生地ではないが、あえて取り入れてみると、思わず触ってみたくなるような日傘になった。


「菜 -sai-」のラインナップは、とうもろこし、はくさい、にんじん、紫おくら、えのき、はなまめ、まめの7種類だ。「はくさい」は、そのちぢれ具合を表現するために、伸縮する糸を少しずつ変えて織っている。手が込んでいるは織りだけではない。くしゅくしゅとさせるため、織った後に一度洗って乾かすという工程が必要になる。それをさらにUV加工の液につけ、再び乾かす。その後、ようやく骨に着せかけていくのだ。この過程で細かいくずが残ってしまうため、これを手作業で取り除かなくてはならない。手間をかけて作られた「菜 -sai-」のシリーズは人気が高く、全種類がショップにそろうことはめったにないと晴子さんは言う。

若手デザイナーを起用するだけでなく、伝統のデザインも現在に引き継いでいる。たとえば、「1866(イチハチロクロク)」というシリーズがある。創業の年を名前に持つこの傘は、蛙(かわず)張りという、生地を二重に張る技法を使っている。外側は、縦糸と横糸に違う色を使った、見る方向によって違う色に発色する玉虫織。内側には、服の生地に使われるカットジャカードの技術を生かし、繊細な模様が織り込まれている。素材は絹からポリエステルに変化したが、大胆できらびやかな甲斐絹の伝統がここに生き続けているのだ。

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