金色をまとった神秘的な動物の世界が、座布団の向こうに広がる。
子、丑、寅、牛……、12種類が並ぶと圧巻な干支座布団だ。
主に仏間で使われてきた「金襴」の技術を使い、キラキラと輝く十二支の座布団は生まれた。
その生みの親は、新しい座布団の形を模索する織物職人とデザイナーの卵だった大学院生。
織物というキャンバスに、二人三脚で描いた夢の世界はどれも美しい。
あなたは、どの干支にする?

学生のアイディアを確実に形にし、商品を作る

もともと羽織や紳士服の裏地の産地だった富士吉田地域では、付き合う問屋によって生地が違った。昭和21年、終戦の翌年に創業した田辺織物も例外ではない。当初、裏地や傘地などさまざまな生地を織っていたが、問屋との付き合いから「夜具」という掛け布団の生地の製造が中心になっていった。

「夜具」には、高級感を出すために多くの金糸が使われる。金糸とは、一般的には金箔を和紙に貼り付け細く切った糸のこと。その輝く糸が織物に入るだけで、ぱっと明るく豪華な印象になる。しかし、金糸を織るのは想像を超える難しさだ。田辺織物の場合、金糸のみならず、ポリエステル、綿やアクリルなどを扱うこともあり、種類や太さが違うものを同じ織機で一緒に規則正しく織ることを得意とした。

付き合いのあった問屋が座布団を始めたことから、田辺織物も徐々に座布団に特化していった。当時、婚礼のときに花嫁は座布団を20枚ほど持ってお嫁に行ったそうだ。お祝い事などもすべて家で行うからこそ、座布団は各家庭に欠かせないものだった。

昭和58年に2代目である田辺丈人さんが入社したときも、変わらず「びっくりするほど座布団が売れた」時代。メインの商品には、各家庭や旅館に販売する一般的な座布団の他に、仏壇の前に敷く「金襴」と呼ばれる華やかな座布団もあった。「夜具」を作っていたころから磨いた、金糸を織り込む技術をふんだんに使ったものだ。しかし、バブル崩壊後、数年かけてだんだんと受注の減少を感じたという田辺さん。各家庭や旅館の洋風化にともない、座布団を使う人が減ったことなど、さまざまな要因が田辺織物から客を奪っていった。

今までと同じものを作っても、なかなか売れない。しかし、どうしたら――。求められるものは何だってしっかり形にできる。ずっとそうやってきた。一方で「ゼロから考える」経験は、今まで必要のなかった部分だった。

きっと多くのハタヤがそのような状況に陥っていたのだろう。12年前、富士吉田産地とつながりのあった東京造形大学の教授、鈴木マサル先生に、学生とのコラボの依頼をした。「やるからには市場に出て、売れるものを」「学生のどんなアイディアも『できない、違う』と言わないこと」などの約束のもと、ハタヤと学生は出会った。

本人たちの希望ではなく、鈴木マサル先生の見立てで組み合わせが決められ、学生はそれぞれの織物工場が得意とする技術を生かしたデザインや商品を考え提案する。技術のある織物職人と、感性とアイディアのある学生。このコラボは、うまく合致した。

新しい商品を作りたいハタヤにとって、こんな機会は他にない。開発や製造は自腹だけれど、だからこそ必ず売りたい、と気合が入る。そして、学生にとっても自分が携わったものが商品として世に出るのは嬉しいことだ。職人が不得意とするSNSでの発信や、若者の間で富士吉田産地の認知が広がっていったことも大きな成果だった。実際にこの12年で、いくつものブランドが立ち上がりヒット商品が生まれた。田辺織物もこれまで「メゾン寿司」や「cocioroso」など、学生とのコラボ商品を多数開発、販売している。

「干支座布団」は、当時、大学院1年生だった山本遥さんとのコラボ。華やかな金襴の生地を見て「金糸を使っているのはすごく素敵だけど、若い人向きじゃない」という言葉から開発が始まった。山本さんが描いたのは、かわいらしい動物。座布団の持つ和の雰囲気に合うように、干支にすることが決まった。

干支座布団を織るのに使った技術は、金襴とまったく同じ。山本さんは12種のデザインを描き、日帰りで東京からやってきては田辺さんと一緒に実際に工房に入った。織機の前に立ち、糸を入れ、1年目は3種類、2年目で残りの9種類を作った。金糸も含めた3色の糸を、どう組み合わせれば思い通りのデザインになるのかを試行錯誤しながら、何度も何度も繰り返した。「もうちょっと金糸を出したい」などの相談しながら修正を繰り返し、双方が納得するまでそれは続いた。「ほしかった色が出た時は『やったー!』という感じでしたね」と田辺さんは嬉しそうに振り返った。

干支座布団がふるさと納税の返礼品に選ばれたときは、年末によく売れ、12種類一気に注文が入ったこともあるという。工房を訪れた際には、一度、きらめく座布団に座ってみてほしい。デザインから、織物から、金色の糸から、何かしらパワーを感じるはずだ。

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