広島電鉄が南北に走る鯉城通り(りじょうどおり)から一歩、路地に入ってしばらく歩くと、立ち並ぶビルの合間からポンと抜けた空が見える。おしゃれなセレクトショップやアパレルブランドが立ち並ぶエリアの一角に、袋町公園はある。そこでは、走り回っている子どもたちや、喫煙所で一息休むサラリーマン、おしゃれな洋服に身を包み、コーヒーを飲みながら休むショップ店員らしき人々まで、さまざまな人が思い思いの時間を過ごしていた。
店が多い通りは、歩いていて楽しい。特に開放的で入りやすい店が多かったり、個性的でその町にしかないような店が多ければなおさらだ。実はうらぶくろの町では、通りに面した商店に少しずつセットバックしてもらい、遊歩道的に歩いて楽しめる空間を広げようとしているという。そう教えてくれたのは、うらぶくろ商店街振興組合の大賀さん。
自身も、学生の頃からこのエリアに遊びにきていたうちのひとり。当時から「とりあえず、公園かペンシルビルで集合」しては、仲間達と洋服を見たり、話しこんだりして学生時代を過ごしたという。近くには、DCブランドブームの最中に多くの海外ブランドが出店し、賑わいを見せた「並木通り」もある。
ただ、大賀さんの世代の若者たちが憧れたのは、そこから1歩裏側へと入った「うらぶくろ」の町。ファッションのメインストリームが流れ込んできた並木通りのカウンターとなるかのように、まだ地価が安かった数十年前、多くの若者たちが思い思いの店を開いていった。
ハイブランドへのカウンターという意識もあったからか、当時の若者たちが立ち上げた個性的なセレクトのアパレルや古着店などにより、うらぶくろの町はファッションストリートへと成長してきた。
たくさんの路面店のほかにも、この町にしかない文化がある。それは町のセレクトショップの方が中心となって企画し、立ち上げた「トランクマーケット」というマルシェイベント。広々とした袋町公園にテントや即席のショップが立ち並び、アパレルにうつわ、日用雑貨や古道具などさまざまな商品と出会う場所になる。トランクマーケットへの出店をきっかけに広島での店舗展開を決めるアパレルブランドも、過去に何社もあったという。広島へ新しいファッションやカルチャーが入ってくる時は、まずうらぶくろの町に来る。それは、昔も今も変わらない文化だった。
大賀さんと話していると、「町のことならあの人が詳しい」とふと思い出したように教えてくれた。連れられていったのは、一軒の帽子店『shappo』だった。出会ったのは、およそ30年以上前にこのエリアを訪れ、アメリカン雑貨の店をはじめた『グッズカンパニー』の森島さん。先代の兄と一緒にはじめた店の歴史と、町の歴史を重ね合わせながら振り返ってくれる。
「当時、大阪・アメリカ村に憧れていた兄は『ここにエリアを作りたい』と話していました」。そんな思いを持って始まった店は、アメリカで輸入した商品を中心に取り扱う雑貨店。多種多様なラインナップのなかでも特に人気のコーナーができては、その商品を集め、専門店としてオープンしてきた。スニーカーのショップや古着店、スケートボードショップなど、当時の若者たちからすればさまざまな海外文化が持ち込まれ、本物の商品と出会える場所だったに違いない。特に、スケートボードショップの店づくりを通して、町の若者たちと森島さんとの接点は深まっていく。
「当時、スケートボードのショップは広島になくて。ただ、なぜか広島にいる10代のスケーターたちのレベルは高かった。海外から手に入ったビデオでトリックを見ては、やばいやばい、って真似したりして」。スケーター少年たちと関わるようになった森島さんは、いつしか彼らのために動き回るように。
「バンドワゴンみたいに車に乗せて、全国の大会に連れていってやったりした。袋町で活動しているから、バッグタウンって英字をプリントしたTシャツを勝手に若者のあいだでつくったりしてね」。少年たちの中からは何人もプロが出たが、かつての少年たちも今は自分の店をやったり、違う仕事をしたり。先代の兄が亡くなったことをきっかけに、グッズカンパニーの店も縮小していった。
だが、寂しいことばかりではない。かつてグッズカンパニーで働いていた人たちや、しょっちゅう遊びに来ていた常連客たちが、同じ袋町エリアで店を始めている。古着店や、スケートボードショップ、ストリート系のアパレル店など、その店の並びもやはり多様だ。森島さんは、「どんどんいろんな人が若者が入ってきて店をやってくれたらいい、と思っている」と話してくれる。
「今は少し地価が上がって、なかなか若者の店は入ってきづらいみたいだけれど」。そう話す森島さんは、どこか町への寂しさを感じているように見えた。
袋町にセンスのいい店が多い理由。それはメインストリームへの反発と、外の文化を柔軟に取り込んでいく人々の「遊ぶセンス」に起因していた。トランクマーケットもまた、そうした「メインストリームに流されずにいいものを選びとる」センスを汲んでいる。ぜひ、路地をふらついてみて、気になった店にフラッと入ってみるといい。その店にはその店のセンスと、ものとの出会いが待っているはずだ。