ここに松の木がある。そのことからどんな風景が見出せるだろうか。実は、目の前の国道から先は埋立地。かつては海岸線が広がっていた。そして、この松の木のそばには宿屋の看板が残されている。もしかすると、それは海沿いの贅沢な旅館であったのかもしれない。
そして、この旅館が太宰治の小説・走れメロスの舞台ではないかといわれている。太宰は熱海に原稿を書きにきたはずが、夜な夜な遊び呆けてお金を使い果たしてしまった。そこで、友人である作家・檀一雄を東京から呼び寄せた。「おれが今から東京に行って金を借りてくるから、お前はここで待っていてくれ」そう言って、檀を旅館に残して行ってしまった。しかし、メロスと違い、太宰は帰ってこなかった。しびれを切らした檀が東京に太宰を探しにいくと、太宰は将棋を指していた。壇一雄は激怒した。「君は何を遊んでいるんだ」すると、太宰は言った。「いやいや、おれも辛かったのだ。いつ金を貸してくれと切り出そうかと思い悩んで……」そして、ポツリとこう漏らした。
「待つ身が辛いのか、待たせる身が辛いのか。」
それからしばらくして小説・走れメロスが発表される。それを読んだ檀一雄は思った。「あれは熱海での出来事がモデルに違いない」と。走れメロスだけではない。熱海ではきっと数々の物語が生み出されてきたに違いない。