木立に残る修験者の痕跡

杉並木の左側には石垣が続いている。戸隠山が顕光寺だった時代、ここに「院坊」があったことを示すものだ。院坊とは、僧が生活した小さなお寺のこと。かつては杉並木の中に12以上の院坊が立ち並んでいたそうだ。建物の土台となった石の跡や土器の欠片など、当時の生活の痕跡が見つかっている。しかし、明治時代に起こった仏教を排除する動きの高まりや冬の厳しさなどにより、僧たちは中社や宝光社へ移っていった。

この参道には、大勢の修行者が集い学問に励んだとされる大講堂跡も残っている。杉並木を抜けた右手側、ぽっかりと空いた空間がそれだ。現在は参拝者が行き交うこの道は、かつては己を高める信仰の道だった。

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