花村みのる(ケオ・サロム)さん
1948年、シハヌークビル生まれ/神奈川県在住

1979年、サロムが難民キャンプに逃げた時、彼の肌の色が他の人よりも白く澄んでいたので、「彼はベトナム人か、中国人だ」と人種差別を受けた。実際に中国人とカンボジア人を両親に持っていても、彼はカンボジアで生まれ、カンボジア語を学び、カンボジアの土地で育ち、カンボジア国籍を持っている。自分がカンボジア人であることを人々に示すため、サロムはカンボジアの魔除けの文様ヨアンを体に刺青として彫ることにした。

彫りたい図案をサロムは選んでいなかったが、彫り師のところへ行った時、彫り師が彼のために彫ることを決めたイメージは、他者に多くを施す慈悲の心を持ったウェーサンドー王子(仏陀の前世における徳のある行いを説く『ジャータカ』全547話中の最終話『布施太子(モハーウェーサンドー)物語』の主人公)だった。

彫り師はサロムが優しく、他人に対して面倒見がよい人間であることを見てとったのだ。また、それは護身のための魔除けのヨアンの文様でもあった。彫り終えると、刺青を見せるために、キャンプでは彼はいつも上半身の衣服を脱いで裸になっては、クロマーを腰に巻いて履いていた。これは彼の妻がよく身に着けていたクロマーだ。

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