ブン・リッツ・クイさん
1947年、プノンペン生まれ/ニュージーランド、サウスオークランド在住

クメール・ルージュ政権の終わりに、ブン・リッツはブノンペンの自宅に戻った。そこで以前やっていたペト・ローク・ソン病院(「僧の病院」で知られている)で看護師の仕事についたが、1979年の終わりに国境に逃げることにした。

タイではたくさんの収容所で暮らした。ルッティ・サエン、ノン・チャン、サイ・トゥ、そしてカオイダンだ。非公式に妻と娘と一緒に収容所で暮らしたので、食べ物やその他の物を支給されなかった。タイ警察が収容所を調べに来た時には地下やトイレの下に隠れなければならなかった。ブン・リッツは言う:「難民として全てを失いましたが信念や希望は捨てませんでした。」

1985年に国連の援助により、マレーシアのジャラティンという難民収容所に送られた。そこで、イスラム教への改宗を強いられた。これに関して一部のカンボジア人は不満であった。その後、再び島の収容所プラウ・ビドンに移った。そこで暮らしている時にブン・リッツと妻はバジル(チーニアンヴォーン)といったハーブを植えて売ることができた。

1988年にバジルを売って貯めたお金で国連のスタッフから70リンギ(マレーシアの通貨)で腕時計を買った。彼にとってこの腕時計はただの腕時計ではない。自分の経験からの偉大な記念品であり、時間を知らせるだけでなく人生において困難な時期からの再浮上を意味するものである。

ブン・リッツと家族は1988年にダニーデンに到着し、1994年にはオークランドに移った。

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