天外の間は、これまで触れてこなかった水墨画に向き合い、色々な表現方法を試させてもらったお部屋です。例えば、墨の使い分け。硬さや冷たさを表すには青みの強い墨を、草花を描くには茶色味が強い墨など、表現したいものに合わせて、扱う墨を選びました。それに対し、方丈の「稲穂に雀図」は、ひとつの墨だけで描いています。水墨による色彩や濃淡の違いなども、ぜひ注目してご覧下さい。
お部屋の角に描いたのは、「南天と南瓜図」です。南天の白いお花から赤い実へとうつろう姿。そして、当時、ご住職からいただいた、京都の「鹿ケ谷かぼちゃ」の絵を添えて。秋の訪れを描きました。
その隣に描かれているのが、冬を表す「松に雪図 」です。この作品は、ふた部屋ある書院の中で、一番最後に描きました。まだ何も描かれていない真っ白なこの襖を見た時、私は自分の中でまだやっていない、怖くて避けている手法がある気がしました。今それを表現してみないと、この先、できることだけで全てを描こうとしてしまうんじゃないか。そうした問いが浮かんだのです。
隣の「春爛漫図 」を見ていただくと、いろんなモチーフが絵に混ざっています。春になって多彩な命が芽吹いていく。そんな春の喜びを表現しました。もともと私は、漫画のように細い線で描くことや、さまざまなモチーフを組み合わせて描く表現方法を、得意としていました。この作品は壽聖院で一番最初に描いたということもあり、その要素が色濃く残っています。
ですから「松に雪図」を描こうとした時、あえて複数の要素を入れずに、一本の力強い松を大胆に描こうと思いました。ひとつのモチーフを大きく描くには、筆の選び方も、からだの使い方も変わってきます。また、雪を描くためには、雪のまわりを墨で描いて白を浮かび上がらせるという他とは違う描き方を取り入れました。
反対側に位置する襖絵は、二匹の鯉が描かれた「風浪双鯉図」です。皆さんは「登竜門」という言葉はご存知でしょうか。急流を登り切った鯉は龍になる。立身出世のための関門を意味する言葉として使われています。私は、もうすでに龍のような、大きく勇ましい鯉を描きたいと思いました。
片方の鯉は今まさに急流を登ろうとしています。その対となる鯉は、はじめて人間界に落とされた、もしくは一度龍となり、舞い戻ってきた鯉かも知れません。二匹を辿ると円となる構図をとっていて、それは私たち自身も「輪廻転生」の中で生きているのではないか。そんな問いを込めています。