退蔵院副住職の松山大耕です。ここからは、2011年の春からスタートした「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」について話したいと思います。この取り組みは、「御用絵師」という古来より伝わる仕組みを蘇らせて、退蔵院の方丈の襖絵を新たに一から創り出そうというプロジェクトです。
退蔵院の襖は400年ほど前に描かれたもので、傷みが激しく、いずれは修復しなければならない状態でした。
作品を取り込んでデジタル上で修復し、精巧なコピーを用いて復元させることも可能でした。ですが「過去の作品を保存するだけでなく、今の時代の良いものを後世に残すことも大切なのではないか」と考えていたんです。
また、単に昔に倣って同じものを再生産し続けるだけでは、「文化をつくり出す人」が育たないという危機感も持っていました。昔からお寺という場所は、人を育てる場所でした。ですから、新しい襖をつくる機会に絵師を育てたいと考えたのです。
著名な画家の方に襖絵を描いていただくこともできますが、京都にはたくさんの若く才能を持つ方もいます。力があるんだけれどこれからという人に、この退蔵院というステージを提供して、数百年残るものを描くという経験を通して成長してもらえれば。そんな想いからこのプロジェクトが始まりました。
それと、このプロジェクトの発想の元になったのは、退蔵院にある「元信の庭」という庭です。この庭をつくった狩野元信も妙心寺に住み込み、お坊さんの修行をしながら造園に取り組んだと言われています。こうした歴史的な背景も含めたプロジェクトにしたいと思い、絵師の村林由貴さんには退蔵院で住み込みながら、創作に取り組んでいただくことをお願いしました。
絵師の村林由貴です。私は大学院在学中にこのプロジェクトのことを知り、応募しました。自分の中で描きたいものを描く、ということは学生時代にやりきった感覚があって。それまで全く触れたことのなかった、仏教や禅・水墨画に身を投じることで、私自身どう新しい表現に向き合うのか。「その先に描く襖絵を観てみたい」と思いました。
お寺に住み込み、修行も体験しながら描くというのは、もちろん厳しい面もありました。けれど、そうした経験を通して発想するものこそ、本物に近づけるんじゃないかという意識が私の中にもありました。
毎朝、お庭のお掃除をしていると植物が光輝く姿であったり、花の香りに気がつきます。そして毎日目にすることで、花が開き、散って、葉を落とし、また芽吹くといった自然のうつろいや儚さを体感していきます。その感覚を大きい言葉で言うと「無常感」と言うのでしょうか。自分の中に、生きるものの時間軸が備わっていく。それからは、満開の花を描くにも、その花の一生を思いながら、描くようになりました。
また、坐禅を通じて自分と向き合うという経験も非常に大きかったと思います。「坐禅ぐらいで足がいてぇって言っていたら、76面の襖絵を描ききる前に、お前さんがくたばってしまうよ」と修行先の老師さまに言われて。本当にそうだなと思って、覚悟を決めました。
そういったさまざまな経験が、私にも絵にも、少しずつ変化をもたらしていきました。
襖絵の構想を練る間には、思いつめて絵が描けなくなり、お寺を離れた時期もあります。自然の輝きが目に入らず、何も感じない。あぁ、まずは自分を立て直さなければ。描くために、一旦はお寺を離れよう。そして絶対に帰ってくる。そう決断したのです。
離れたことによって、外に尋ねる時期は終わったように感じました。自分が今まで積み重ねてきたことを信じて、表現したい。そうして描いたのが、退蔵院の襖絵「五輪之画」です。方丈は、大切な祈りの場所。人々が一心に祈る気持ちに、恥じることのないように、一筆一筆、思いを込めて描きました。
鑑賞者の方に最後にお伝えしたいのは、このプロジェクトの真髄は「成長」であることです。絵師である村林さんの成長はしかり、伝統文化の成長も目的のひとつでした。
襖絵を書くにあたって、現在できうる限りの日本の最高の素材を揃えました。越前・五十嵐製紙の和紙、物部画仙堂の襖、京都の中里の筆、奈良の墨運堂の墨。襖絵を描く材料・道具に関して、お力添えいただいた皆さんです。
なぜ、最高の素材を揃えたのか。それはこの先、この襖絵が何百年も先まで残っていくためです。例えば、表面からは見えませんが、襖の中は11層の和紙を張って作られています。そうでないと高温多湿の夏、乾燥する冬に耐えられない。そのための技術が、今はほとんど残っていません。そもそも「400年持つものを」なんて注文されることは、ありませんから。
今回の襖絵プロジェクトにおいて、そういった伝統を残すための一助を担いたいと考えていました。そのために、親方に指導していただきながら若い世代に技術継承をしていただきたいというお願いもしました。作品を残すことによって、絵にまつわる周辺の産業、技術、文化、そういうものをちゃんと次世代に伝え、残していきたいからです。
また今回使用した素材に関しては、全て各工房でアーカイブを残していただきました。何百年か後、この襖絵を修復するときに同じものでつくれるように。今の時代の良いものを後世に残すこと、それが現世に生きる私たちの大切な役割であるのです。
そんな背景も心にとめていただけたら、嬉しく思います。