「大広間から松濤園を眺めていると、自分がいつの時代にいるのかわからないような気分になる」――。立花家18代で、代表を務める立花千月香は、そう話す。100畳の広さを持つ大広間は、これまで数々の披露宴やパーティの会場として、柳川の人々の晴れ舞台となってきた。そのにぎやかな記憶が、この場所には積み重なっている。
御花を100年後まで繋いでいく。千月香の中には、その思考がごく当たり前に息づいている。自身もまた幼いころから御花を家にして暮らし、柳川を、御花を大切に守り続けた立花家の人々の存在を感じながら成長してきたからだ。だからこそ、100年ぶりとなる大広間の修復工事にも率先して取り組んだ。多額の費用がかかるため手付かずになっていたが、文化財を次世代に残していくためには、今やらなくてはという強い思いがあった。
修復を終えて数年が経った頃、御花を危機が襲う。新型コロナウイルスによるパンデミックだ。感染が拡大する中で客足が途絶え、御花は開業以来初めての休館を余儀なくされる。資金が減り続け、いよいよ経営を諦めることも考えていた時、ある人が言った。「文子の時代の苦労に比べたら……まだ、なんとかなるんじゃないかな」
文子の「なんとかなるわよ」という言葉。御花の建物を整えた寛治の思い。この大広間にいると、先祖の歴史が胸に流れ込んでくる。関ヶ原の戦い、明治維新、第二次世界大戦。数々の危機を乗り越えた歴史を、自分の代で終わらせることはできない。そうして、千月香はもはや家族同然の従業員と一緒に立ち上がった。
前の世代から受け取ったものを、次の世代へつなぐ。自分がこの世からいなくなっても、ここでバトンをつないだことが、歴史を作っていく。そう思うと、気持ちがふっと軽くなる。私という個人を超え、もっと大きなものの一部になって、自分が残っていくような気持ちになる。
あなたが踏み出す一歩は、必ず歴史の一部になる。だとしたら、100年後のために何をするだろうか。立花家にとっての御花にあたるもの。それは、あなたにとって何だろう。
このあと、音楽家が作曲した御花をテーマにした曲が流れる。大広間に座り、庭園を眺め、曲を聴きながら、考えてみてほしい。今日、答えは出ないかもしれない。それでも、1年ごとに、10年ごとに、御花に来るたびに「100年後に繋ぎたいもの」を問いかけてみてほしい。
ゆったりと時間が流れる大広間。あなたが答えを見つけるのを、この場所は待ってくれる。