これから「寒霞渓山頂」に向かって、さらに山道を上(のぼ)っていきます。寒霞渓は日本で唯一、空、海、渓谷を眺望できる絶景スポットです。銚子渓と同じく1,300万年前の火山活動で生まれた渓谷ですが、どうして寒霞渓と呼ばれているのでしょうか。それを知るためには小豆島の歴史を神話時代まで遡らなくてはなりません。
日本をつくったとされる、イザナギとイザナミの国生みの物語ではまず最初に淡路島からはじまり、四国、隠岐、九州と続き、10番目に生まれた島が小豆島です。そのころは「あずきしま」と呼ばれ、応神天皇が訪れたという伝説が残されています。それは、こんな物語。
応神天皇が高台に登り、瀬戸内海の島々と沈んでいく夕日を眺めていたとき、せっかくの美しい光景にもかかわらず、隣にいたお妃様が浮かない顔をしていました。その理由を聞いてみると、実はお妃様の故郷はその夕日が沈むところにある里で、故郷に残してきた父や母が恋しくなったというのです。その話を聞いた応神天皇は、すぐさま舟を手配してお妃様を里帰りさせてあげることにしました。そのとき、次のような歌を詠みました。
「淡路島 いや二並び 小豆島 いやふた並び よろしき嶋々 誰がた去れ 放ちし 吉備ふる妹を 相見つるもの」
淡路島と小豆島のふたつの島はいつも仲良く向かいあっている。それなのに誰が片一方を引き離したのだろう。そうでなければ、私は故郷に帰る妻と向かいあっていられたものを。
そうして、お妃様が乗った舟が遠く見えなくなるまで見送った応神天皇は、やがて都に帰ります。しかし、お妃様のいない日々が寂しくなったのか、半年を待たずして、お妃様がいる里に向けて出発します。その流れで、小豆島に訪れることにもなるのです。つまり、応神天皇のお妃様を想う気持ちが小豆島に上陸する足がかりとなったと言えるのかもしれません。
応神天皇はまず、土庄港の近くにある「伊喜末」に上陸しました。応神天皇が息をすえて休息したことから「いきすえ」と呼ばれるようになったといわれ、それから応神天皇は小豆島の各地をめぐっていきます。たとえば、現在の宝生院がある場所に泊まり、のちにシンパクと呼ばれることになる木を植えました。さらに、その背後にある山に登ったことから、のちに皇が踏んだ山と書いて皇踏山と呼ばれるようになります。
続いて、小豆島の土地の神様である大野手比売(おおぬでひめ)に挨拶をして祀るのですが、それはのちに銚子渓おさるの国の山頂に大野手比売神社として祀られるようになり、続いて、寒霞渓にある阿豆枳島神社に移されました。
応神天皇は寒霞渓の山にも登ります。まだ寒霞渓という名前がなかった時代の話です。そのとき、応神天皇は切り立つ岩肌をのぼり、山頂で、夜空を見上げ、国の平和や繁栄を祈ったとされることから、天皇が願いを掛けた山「カミカケ」と呼ばれるようになったのです。カミカケと寒霞渓、みなさんも舌の上で2つの言葉を転がしてみてください。伝説と今がひとつに重なっていくような響きを感じるのではないでしょうか。
応神天皇には別名があります。日本人のほとんどが聞いたことがある名前です。それは「八幡さま」です。日本全国で2万社を超えるほど広く親しまれている八幡神社ですが、そこに祀られている神様こそが応神天皇であり、ここ小豆島にはとりわけたくさんの八幡神社があります。それもまたこれらの物語が残されているから。伝説と今はつながっているのです。
現在の寒霞渓の話をしましょう。寒霞渓は日本の三大渓谷美のひとつといわれ、その中でもロープウェイがあるのは寒霞渓のみです。ロープウェイは2つの山の狭間である渓谷を走っています。その山のひとつが瀬戸内海の最高峰、星ヶ城山です。小豆島はその温暖な気候から雪が降らないと思われがちですが、星ヶ城山には雪が積もります。それほどに高い山なのです。
みなさんは、寒霞渓の展望台に立ったとき、何を感じるでしょうか。その風景だけではなく、風を感じてほしいと思います。瀬戸内の海から来る風は、寒霞渓にそびえ立つ星ヶ城山にぶつかり、まとまった風となって眼下の世界に吹き下ろします。そこには小豆島の町並みが広がっています。寒霞渓から吹き下ろした風は、天日干しした素麺を乾かし、醤油の菌を発酵させるのにも役立っています。いま、みなさんが感じている風は小豆島の食文化にもつながっているのです。
寒霞渓の山頂に着きましたら少し早いですが休憩です。ほかの観光客の方も続々とやってくる時間になりますので、行列ができる前に少し早いお昼ごはんにしてください。そして、そのあとに展望台を散策してもらえたらと思います。寒霞渓の山頂には「1億円トイレ」と呼ばれる豪華なトイレもあります。金ピカでありませんが、冷暖房付きでウォシュレット付き。トイレットペーパーも2枚重ねです。
寒霞渓山頂を楽しんだ後、みなさんには2つの選択肢があります。ひとつはロープウェイに乗って下まで降りること。もうひとつは、このバスに乗って下まで降りることです。ロープウェイに乗るには別料金が必要ですが、5分間の空中遊泳で断層や奇岩を目の当たりにすることができます。ロープウェイに乗らない場合は、このバスに乗り、運転手さんと一緒にブルーラインと呼ばれる山道をドライブして降りていきましょう。
ロープウェイに乗るか、バスに乗るか。決心がつきましたら、集合時間にご注意ください。バスのほうが出発時間が早いです。それぞれの出発時間はあらためてガイドさんがご案内しますので、寒霞渓に到着するまで今しばらくお待ちください。