木蝋の貿易で財を成した豪商・河内寅次郎が、老後の余生を送るための別荘として、大洲の景勝地に造らせたのが、ここ、臥龍山荘。メインの臥龍院はあらゆる粋(いき)が尽くされた名建築ですが、このガイドではみなさんが最初に足を踏み入れる「清吹の間(せいすいのま)」についてご紹介しましょう。
この部屋には春夏秋冬が隠されています。まず、立派な神棚の下にご注目を。欄間と呼ばれる大きな木の板に筏(いかだ)の透かしが彫られています。かつての肱川では、上流で採れた木を筏にして河口へと流す光景がよく見られました。そこに浮かんでいるのは桜の花。夕方に西日が差すと透かしの間から光が漏れ、当時の春を思わせる光景が幻想的に浮かび上がります。
続いて、この春の欄間を正面に右手をご覧ください。そこには水の波紋が彫られた夏の風景が。春とは逆に、障子を部屋の外側に配することで、光の輪郭がシャープに映し出され、涼しさを演出しています。
そして夏の向かいの欄間には水の流れに菊が浮かぶ「菊水(きくすい)」の模様で秋を、残る一方には雪の結晶を形にした雪輪窓(せつわそう)で冬を、それぞれ水にちなんだモチーフで春夏秋冬が表現されています。また、最初に注目した神棚の下に、つい寝転んでしまいたくなるほど広々とした棚があります。これは楠の一枚板で、「神様もお休みしたくなることがあるだろう。どうぞ、いつでもこちらでお休みください」と、寅次郎の心遣いによって設(しつらえ)られたものと言われています。
寅次郎が住んでいたのは貿易拠点のある神戸。当時の名だたる名工、千家十職(せんけじっしょく)と何度も木簡のやり取りを重ね、構想10年・工期4年を費やし造られたこの臥龍院ですが、完成を見る前に寅次郎は他界してしまいます。芸術を愛し企画力に優れ、お茶目心もあった寅次郎。ここにはあちこちに小さな宝物が隠されています。ここでは写真でそのヒントをお見せしたいと思います。ページをめくって、宝物たちはどこにあるのか、そこにはどんな想いが込められているのか。寅次郎の気分になって想像するのも楽しいかもしれません。
※千家十職:茶道に関わり三千家に出入りする塗り師・指物師など十の職家を表す尊称、最後に臥龍院外観