1400年代後半から1600年代初頭、日本有数の貿易港として栄えた港町・堺。その繁栄ぶりは「黄金の日日」と謳われるほどだった。中国の船が堺港に着岸したことから国際貿易が盛んになり、次第にポルトガル・スペインとの南蛮貿易が始まった。火山の多い日本は、金属資源が豊富。南蛮船は海を渡り、黄金の国・ジパングへ金銀を求めてやってきたのだ。

貿易によって莫大な富を得た堺の商人は、外部からの支配を受けないよう、海に面する西側以外の三方に濠をめぐらせて自治都市をつくった。自由に貿易を行うことで発展し、海外と日本の文化が混ざり合う堺独自のミクスチャー文化を形成していった。

南海堺駅東口の改札を見上げると、南蛮貿易について描かれた絵が掲げられている。その中に、器のようなものが描かれているのが見えるだろうか。それは一体、どんな器だったのだろう。東口改札のすぐ近くに南海堺駅ビルがあり、1階に観光案内所がある。その前のガラスケースの中にヒントが隠されているので覗いてみよう。

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