※2023年5月14日から約3年間、御本殿は改修中のため、特別な仮殿でご参拝いただけます。


西暦2027年、道真が亡くなった年から数えて1125年目という節目がおとずれる。そのときに向けて、道真のお墓であり、道真の「御霊」が住まう本殿をよみがえらせる計画が進められている。それは実に124年ぶりの、およそ3年がかりの大改修となるため、そのあいだの仮の住まいとして建てられたのが仮殿である。

仮殿での参拝がはじまる前日の夜、雨が降りしきる中、静かなおまつりがはじまった。真っ暗な闇の中、神職たちが絹垣と呼ばれる大きな白い布を持ち、何かを覆い隠すようにしながら、本殿の中から歩き出す。絹垣の中には道真の御霊がある。雅楽の音が響くなか、道真の御霊は誰の目にも触れることなくゆっくりと本殿から仮殿へ向かう。そうして、新しい仮殿に入っていき、道真の御霊を移し終えると、雨はぴたりと止んでいた。「清めの雨だ。」誰かがそう呟いたとき、長いあいだ、祈りの中心であったはずの本殿が抜け殻のように感じ、御霊の移った仮殿こそが太宰府天満宮の中心であるという重みが宿っていたという。

なぜ、このような仮殿が作られたのだろう。太宰府天満宮では「道真公に喜んでいただきたい」ということが常に考えられている。仮殿もまた同じ。仮殿は道真の住まいである。それも、3年という長期間にわたるのだから、少しでも快適に過ごしていただきたい。なおかつ道真は芸術の分野でも先進的な取り組みを行ってきた人だから、令和の最先端の文化を感じられる今しかできない仮殿にしたい。大切なのは、目に見えない神様である道真の御霊に想いをはせて、喜んでもらうこと。そうして神様にリフレッシュしてもらうことで、参拝者にも大きな恵みがもたらされるのだ。

御霊とは何なのだろう。あなたは、その存在を感じることができるだろうか。日本では古来より、ご先祖様を大切に敬ってきた。まるでご先祖様がそこにいるかのようにお水やご飯をお供えして、おもてなしをする。御霊とは何かを考えるということは、もてなす側にその心を持っているかが問われているのかもしれない。

なぜ、1125年目が節目なのだろうか。太宰府天満宮では道真の誕生日が6月25日、命日が2月25日であることから、25という数字を大切にしている。毎月25日の月次祭だけではなく、25年ごとに式年大祭が行われるのはそのためだ。そうした節目があることで地域がひとつになり、自分の心を見直すきっかけになる。それを繰り返してきたからこそ、今日まで信仰が続いているのだ。たとえば、1000年の節目で奉納されたもののひとつのが太鼓橋を渡ったところにあった鳥居である。御神牛像も太鼓橋も手水舎も、現在の太宰府天満宮にある光景は、長い歴史の中で道真の御霊を慕ってきた人たちの気持ちの積み重ねが形になったものなのだ。

御霊とは何なのだろう。大切なものは目に見えない。あなたも仮殿をきっかけに考えてみてほしい。

朱が映える堂々たる楼門の奥に緑が見える。その門を抜けると、森が浮いている。それは本来あるはずの本殿ではなく、その森こそが仮殿であることに気づく。視線をおろすと漆黒の闇に華やかな御帳が浮かび上がる──

「夜に見まわりをすると、さわさわと風の音がするんです」と神職たちは言う。あなたも耳を済ませてみてほしい。ときに虫の音や鳥のさえずりが聞こえ、すでに鳥たちの中継地点にもなっている。仮殿の森には早くも生態系が生まれはじめている。

仮殿の設計は建築家の藤本壮介氏によるもの。道真を慕って京都から一夜にして飛んできたという飛梅。その伝説から、豊かな自然が本殿の前に飛んできて仮殿となることをコンセプトに建てられた。屋根の森には60種類の植物があり、境内で育てられていた梅をはじめ、桜、樟、紅葉、樫など、四季によって変化が生まれ、飽きることなく彩りが見られるようになっている。これらの植物は本殿の改修が終わり仮殿がその役目を終えて解かれるとき、境内に移植され、天神の杜の中で生き続けていく。また、国の重要文化財である本殿では難しかったスロープを設置し、靴を履いたまま祈願を受けられるなど、参拝者に配慮した設計となっている。

仮殿の内部を彩る御帳と几帳のデザインは、ファッションブランド「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」によるもの※。立体的な几帳の刺繍は太宰府天満宮の梅や樟の枝を使って染色するなど、新旧の技術を組み合わせた特別な生地となっている。また、御帳にあえて裏地をつけずに、表に書かれているデザインが裏からも見えるようにすることで、仮殿の奥に住まう道真から見ても楽しんでもらえるよう考えられている。

さらに、音響をサカナクションの山口一郎氏率いる株式会社NFが、照明を面出薫氏率いる株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツが手がけるなど、芸術の神様として慕われる道真のもとに現代のクリエーターが集い、令和の時代を映した特別な仮殿となっている。今回の仮殿だけでなく、太宰府天満宮の境内にはさまざまな場面でアートやデザインが織り込まれ、アーティストが太宰府を訪れ、リサーチして制作を行う「太宰府天満宮アートプログラム」もそのひとつ。

神社とは、人が集まり文化が生まれる拠点であり、過去の歴史と未来の歴史をつなぐ場所なのだ。

※10月1日〜31日の特別受験合格祈願大祭期間中は、この1ヶ月限定の人形師:中村弘峰氏のデザインによる御帳に掛け替えられる。

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