この集落には、とある伝説が残っています。
ある家が例年通り田植えをはじめ、残りはひとつの田んぼを残すだけとなったとき、急に空模様が変わり雨が降ってきました。そこで、残りは明日にしようと苗を置いて引き上げました。次の日、田植えを再開しようとすると、既に苗がきれいに植えられているではありませんか。「不思議なこともあるものだ」と思いながらも日々は過ぎ、やがて秋の収穫の時期になるとさらに驚きました。その田んぼだけ白米が実っていたのです。その翌年も、雨は降らなかったものの、その田んぼだけ、田植えをせずに苗を置いて引き上げてみました。すると、やはり翌朝には田植えが終わっており、秋には白米が実ったのです。このようなことが何年も続きました。
あるとき、その理由を突き止めようと夜に見張っていると、朝靄のたちこめたほの暗い田んぼで何者かの黒い影が美しい声で歌いながら手際よく苗を植えているのを発見しました。思わず声を出してしまったところ、黒い影は田植えを止めてくるりと向き直りました。すると、驚いたことに黒い影は鬼でした。姿を見られた鬼はあっという間に消えてしまい、それ以来、二度と田植えに現れることはありませんでした。
なんとも不思議なこの話。その家では節分のとき、「福は内、鬼は外」ではなく「福は内、鬼も内」と唱えるといわれています。