ー自己紹介をお願いします。

正垣雅子といいます。日本画での古典絵画研究の方法を模写という手段で、日本や東洋絵画の表現研究をしています。 はじめ、京都市立芸大の日本画専攻で模写に出会いました。その面白さにのめり込んでしまい今に立っています。日本の作品だけでなくアジアという地域で美術を考えています。 最近は中央アジアやシルクロードの仏教絵画の調査が続いています。

ー鑑賞者にどこを特に見てほしいですか。

私は誰かが描いた絵が大事にされて、今まで残っているという感動が模写制作の原動力になっています。 その作品が傷んでいても変色していても 絵描きが表現しようとしたことは目の前の作品に存在していて 絵画が得てきた時間の痕跡も愛おしいし 美しいと感じて描いています。美しい作品に出会えるというのは誰かが 絵画の作品を守ってきたし、絵の意味や 絵の描き方や画材や道具を教えて 守って伝えてきた時間と意識の連続だと私は考えています。仏教壁画の模写と伝わる、伝えるをイメージした 図像、経典、 言葉に思いを馳せてほしいなと思っています。

ー本作品の制作に至った理由、経緯を教えてください。

下の横長の仏教壁画は、チベットのシャル寺の一階回廊壁画です。釈迦が、釈迦として生まれる前世の物語の一場面です。初めて見た時 描きたいと思いましたが、現地取材も足りませんでした。 再訪して描ける準備が整ったのは12年後です。 上の 法隆寺の金堂 壁画の模写は火災で消失して 原本は今ありません。この模写は、 昭和13年に撮影された写真を利用して描きました。壁画は動かせないので 現地に行くしかないし 記録がないと 遠のいてしまうということを実感しました。 私の目と手で留められたら という気持ちで描きました。

ー作品を通じて伝えたいことはありますか。

下の模写は、14世紀のチベットにある仏教絵画(壁画)で、上の作品は 8世紀の日本の仏教壁画です。 時代も 地域も遠く離れてますが、思想や理想の姿に通じるものがあるかな と感じています。 日本という国は外国や異文化から多くのことを学び 昇華してきたという これまでの経緯があると思っています。 私もアジアに行ってそこの感覚の共通性を感じたり また 何か違和感を自分の中に取り込もうという気持ちがあります。 柔軟な目と感覚で、様々なことに対して心を動かしてほしいなと思っています。

ー制作の上でのこだわり工夫点教えてください。

模写の技法で「あげ写し」という方法があります。和紙の特性を生かして観察での気づきを忠実に描ける方法です。この2つの仏教 壁画は和紙の上に壁画が存在するように表現しました。 模写は単に写すだけと思われがちですが 私はそうではないと思います。 作品の美しいを読み取って 別の画面に表現するため、様々に 画材を選び 想像し 工夫をしています。

ー壁画の模写作品とは別に、縦に積層されたイメージも展示されていますが、それについても教えて下さい。

模写は、対象作品の表現の本質を再現するものだと考えていますが、模写制作の都合上、作品の一部を抜き出して描くこともままあります。たとえ作品の一部であっても、模写をする時は、誰かの美意識の積み重なりを感じますし、自分自身の手技がそれに近づくための修練もします。それは自分だけではなく、過去の誰かも同じような行為をしてきただろうし、その敬意を感じて研鑽を積み、継承をしてきたと思います。

経典や、図像は人の手で書写し、広めて、伝えてきました。例えるなら、誰かへのリレーのバトン、駅伝の襷(たすき)のようなものかと思います。単調で地道な積み重なりは、得やすいようで得難く、また人の意思に宿るが上の脆さもあると思います。そういった感覚を表現したいと思いました。

正垣雅子
《幾多の手繰り、》
2024

上:《薬王菩薩》法隆寺金堂壁画一号壁釈迦浄土図脇侍菩薩模写
2003
楮紙、日本画画材(鉱物顔料、土性顔料、天然染料など)

下:《竜王樹下説法図》チベット・シャル寺一階回廊壁画模写
2015
楮紙、日本画画材(鉱物顔料、土性顔料、天然染料など)

モビール:《手繰りの積層》
2024
スケッチペーパー、墨、丸棒、竹ひご、ワイヤーロープ

Next Contents

Select language