御手洗の港町としての繁栄を支えた産業としてお茶屋がありました。
その日、御手洗を代表する茶屋となる若胡子屋(わかえびすや)が誕生し賑わいました。その佇まいは江戸時代から変わっておらず、当時は格子の隙間から遊女の姿がのぞき見えたことでしょう。
この建物には「おはぐろ伝説」という悲しいお話も伝わっています。当時は、人妻になると「おはぐろ」をつけて歯を黒く染める習わしがあったのですが、遊女に「おはぐろ」をつけてもらうことは男にとって、とてもステータスのあることでした。あるとき、遊女の見習いであるカムロが「おはぐろをつける時間です」と、おはぐろが入った壺を差し出しました。遊女は鏡に向かってそれを塗りはじめたのですが、どうしたことか、この日に限ってうまく色がつきません。おかしいなとカムロに別の壺を持って来させたのですが、それでもうまくいきません。そうこうしているうちに「はよう来い」と座敷から呼び出しの声がかかります。焦ってイライラした遊女はあろうことか、煮えたぎったおはぐろをカムロの口に注ぎ込んだのです。カムロはのたうちまわり、悲鳴をあげて死んでしまいました。それからというもの、ひとり鏡と向き合い化粧をする遊女には死んだカムロの霊が見えるようになりました。あくる日も、またあくる日も。そしてカムロの霊は言うのです。「おはぐろをつける時間です。」ついに遊女は気を失いました。そして、目覚めた遊女は、四国八十八ヶ所をめぐる罪ほろぼしの旅に出ていきました。
この伝説と関係があるかは分かりませんが、若胡子屋の裏庭には「八重紫」という遊女の墓があります。この遊女は当時のナンバーワンであった花魁で、カムロの死から1ヶ月半ほど経って亡くなったことが分かっています。はたして、おはぐろ伝説の遊女とは、この八重紫だったのでしょうか。