フェリーの進む先、やや大きくふくらんだ島影が見えてきます。
それが豊島(てしま)。
名前のとおり「豊かな島」として、古くから人々の暮らしを育んできました。
瀬戸内の島々は水に乏しいことが多いのですが、豊島には標高340mの壇山がそびえ、豊富な湧水を生み出しています。
雨は岩に浸みこみ、時間をかけて浄化され、澄んだ水となって山のふもとに現れる。
「唐櫃の清水」と呼ばれる湧き水は、いまも枯れることなく島の人々の暮らしを支えています。
この「水の島」の記憶を体現するかのように、豊島美術館では、床から水が湧き出す不思議な空間に身を置くことができます。
ただ静かに流れる水を見つめているだけで、時間の感覚がほどけていく。
世界でも類を見ない体験型の美術館は、豊島を代表する存在となっています
また、豊島は「石の島」としての顔も持ちます。
加工しやすく火に強い「豊島石」は灯籠や窯に重宝され、その品質は京都の桂離宮にも用いられたほど。
いまは採石が途絶えましたが、島の文化に深く刻まれた記憶として語り継がれています。
時代とともに、豊島はさまざまな呼び名で語られてきました。
酪農が盛んだったころは「ミルクの島」。
戦後すぐに福祉施設ができたときには「福祉の島」。
しかし一方で、産業廃棄物の不法投棄に揺れたときには「ゴミの島」と呼ばれた過去もあります。
それがいま、豊島もまた「アートの島」として新たな姿を見せています。
集落にある古い民家を改修した豊島横尾館では、絵画と建築が一体となった空間そのものを体験できます。
レンタサイクルで自転車を走らせながら、棚田や漁村をめぐり、現代アートに触れる──そんな過ごし方もこの島ならではです。
呼び名は変われど、変わらないのは水と大地の恵み、そして人々の営み。
この豊かな島は、瀬戸内の島々が持つたくましい生命力そのものです。